もう一つの伝説

第5話  死者の謳う幻想曲  Aパート

作:アルベルトさん


 静寂が、空間を支配していた。
 漆黒の闇が、全てを包んでいた。
 そこでは動くものは何も無く、時が止まったかのような錯覚を覚える。
(ここはどこ?)辺りを見回しながら考える。
(ここは、どこ?)今度は声に出してみる。だが、それははっきりとした声にはなら
なかった。
 (みんなは、どこ?)みんなとは誰のことだろう?そう思いつつ、歩いてみること
にした。足は動くし、回りの風景も流れて行く。だが何故か、歩いているという実感
はしなかった。
 (無闇に歩かない方が良い)ふと、そんな言葉が脳裏をよぎる。
 と、その時何かが聞こえたような気がした。空耳か、と思いつつも耳をそばだてる
と、それはよりはっきりと聞こえてきた。
(誰か泣いている……?)どこからだろう。頭を巡らせて周囲を見回す。
 辺りはかなり―――と言っても、まだ暗かったが―――はっきりとしてきている。
泣き声は回りにある‘塊’から聞こえてくるようだ。
 とりあえず、その方向へ行ってみる。ここはどこなのか、何故泣いているのか。そ
して何故自分はここに居るのか?訊きたいことはあったが、まず誰か他の人に会いた
かった。
 はたして、声の主はそこに居た。箱型の物体の中に。できるだけ身を小さくして、
できるだけ聞こえないようにして。少女と言っても良いくらいの年頃の女の子だった。
(この子は誰だろう?)初めて見るはずなのに、知っている。いや、知っているので
はない。この子は…………あたし!?
 その瞬間、全ての疑問符が感嘆符へと変化した。そう、この女の子は、あたし自身。
 感情に任せて目の前のクルマの窓を殴りつける。だが痛みは感じない。何故なら、
これは夢の中だから。正確には、記憶の中。
 克服したと思ったのに、怒りが湧いてくる。
 忘れたと思ったのに、悔しさがこみ上げてくる。
 後ろを振り返ると、見えなかったものが今では手に取るように分かる。
 炎上したクルマ。破壊された無人兵器。そして、死体。
 そう、これはあたしの運命を変えた夜。記憶がフラッシュバックし、その夜起こっ
たことをヴィデオのように再現する。
 
 焚き火を囲んで、メンバーの男達が話し合う。
「ルートを外れた?」
「砂嵐のせいだ。だが、見失ってはいない」

「今夜はもう寝なさい。明日も早いから」
 子供の‘あたし’に毛布を被せながら、母が言う。どんな声だっただろう?どんな
顔だっただろう?今でははっきりと思い出すことはできない。でも間違い無い、この
人はあたしのママだ。

(寒い)
‘あたし’は今夜で何度目かの寝返りを打った。普段なら早々に寝入ってしまうのに、
今夜に限ってなかなか寝つけない。
(綺麗な空)‘あたし’は眠ることを諦め、満天の星空を見上げた。そこには無数の
小さな光が輝いていた。その中で一際大きな輝きが見える。月だ。
 あたしは月が好きだった。夜空の中で最も大きく、日によって形を変える月が大好
きだった。それが29日毎に元に戻ることに気付いた時はメンバー全員に自慢げに語
ったものだった。もっとも、月が変化する理由は知る由も無かったが。

 静かな夜だった。怪物や無人兵器が徘徊するといっても、そう毎日出くわすわけで
はない。何よりもそういったモンスターが居ない場所を選んで移動するからだ。
 多少ルートを逸れたとしても、一晩くらい問題無い。夜が明け次第出発し、日没に
は町に着く。誰もがそう思っていた。
 そう、本来なら。だが、彼らを巻き込んだ砂嵐はルートだけでなく、運命さえも狂
わせたのかもしれない。
 そして。
 突如、誰かの悲鳴が闇を切り裂いた。その声に大人達は次々と目を覚ます。
「どうした、何があった!?」
悲鳴の上がった方向へ呼び掛ける。だが、それに答える者は居なかった。
 無人兵器か、あるいは化け物か。相手の特定は無理だが、その何かに対応するため
に、焚き火の火を他の薪に移すとそれを周囲に投げ視界を確保する。そして自らは銃
を持ち、クルマの影に隠れた。
 旅慣れた彼らだからこそ、不意を討たれて尚その一連の行動は迅速だった。だが、
1つだけミスを犯した。敵は‘地上を移動する’ものだと疑わなかったのだ。
 この僅かなミスが、彼らにとって命取りとなった。
「ぐわああぁぁぁ!!」
 突如襲ってきた激痛に思わず叫び声を上げた。その声の主を振り返った彼らが見た
ものは、回転するドリルを持った鉄のワームが憐れな犠牲者を一瞬で穴だらけの肉塊
と変えるところだった。
「畜生、よくもジュリアンを!」
 1人の男がそう叫び、鉄ミミズに向かって銃を乱射する。だが、既に殆どの鉄ミミ
ズは土の中に潜っており、2,3匹を破壊したに過ぎなかった。
「クルマを出せ、ここから逃げるんだ!」
その言葉に動かされるように、数人の男達がそれぞれの所持するクルマへと走ってい
く。中には鉄ミミズの攻撃を受けた者もいたが、それでも全員がクルマに乗りこむこ
とに成功した。
 だが、彼らがほぼ同時にエンジンをかけた瞬間。一際大きな不幸が、彼らを襲った。
 辺りを徘徊していた鉄ミミズが一斉にそれらに殺到したのだ。そして、荷台といわ
ずフロントといわず―――特にエンジン部分に集中した―――その鋭いドリルで穴を
穿っていった。
 その光景は一生脳裏から消えることはないと思えるほど、凄惨なものだった。1台
のクルマに何十という鉄ミミズが群がり、次の瞬間にはその全てが轟音と共に炎に包
まれたのだから。
「畜生……このマーダー・マシンどもが!よくも、よくもみんなをやりやがったな!」
 殆ど悲鳴に近い声をあげながら、仲間の1人が周囲に向かって闇雲にショットガン
を撃ちまくる。
「ブッ壊してやる!どうした、このスクラップが!」
 1発、2発、3発。そのうちの1発が運良く鉄ミミズの一体を鉄クズに代えた。
「どうした、もう終わりか!?かかってこい、鉄クズに代えてくれる!」
 4発、5発、6発。目の前で地面から飛びかかってきたそれを、彼は正確に撃ち抜く。
 だが。
 カシン。
 轟音と火花と共に9つの鉄球が飛び出すはずが、乾いた金属音が響いただけだった。
彼の持つショットガンの装弾数は6発。つまり、弾切れだった。
「チッ」
 彼は軽く舌打ちすると、空になった銃を捨て、腰のマグナムを引き抜こうとした。
 だが敵の動きは余りにも迅速だった。銃声が止んだ瞬間、一体の鉄ミミズが彼の右
の太腿を頭のドリルで貫いたのだった。
「う、うおおおぉぉぉ!!」
 骨を砕かれ肉を抉られる激痛の中で、彼は気丈にも抜いたマグナムでその一体を撃
ち抜いた。だが、彼の攻撃もそれまでだった。不自然な姿勢からの射撃でバランスを
崩し地面に倒れた彼の体を、何体もの鉄ミミズが串刺しにしたのだ。

 母の腕に抱かれ、‘あたし’は声もなく泣いていた。さっきまで聞こえていた銃声
も、罵声も、そして悲鳴すら聞こえなくなった。
(皆死んじゃった)自分も人の死について理解するほどには大きくなったし、トレー
ダーにとって、それは仲間と同じくらい身近なものだった。だが、それがまさか自分
達に降りかかるとは。
 だが、この静寂が意味するところは判った。心が納得できなくても、頭では理解し
ていた。さっきまで一緒に居た人達は、皆死んでしまったのだと。
 怖かった。たまらなく怖かった。
 旅慣れた男達をいとも簡単に血祭りに上げた奴らが怖かった。
 自分が死ぬかもしれないということが怖かった。
 何よりも、大好きな母を失うことが、怖かった。
 その時、自分を抱く腕に力がこもった。
(ママ、痛いよ)そう言おうとして母を見た。それを制するように、母は‘あたし’
に言った。
「ここでじっとしていれば奴らは襲ってこないわ。いい、レベッカ。ママ達の分まで
なんとしても生き延びるのよ」
 そう言って額に軽くキスすると、隠れていたトラックの荷台から飛び出して行った。
(ママ!行っちゃやだ、ママ!!)
「ああ……ママ………」
 それが夢だとわかっていても、あたしは流れてくる涙をこらえることができなかっ
た。それでも尚、その時の光景をまざまざと見せつける。
 母は‘あたし’が隠れているトラックから2,30m離れたところで立ち止まった。
それに気付いた鉄ミミズが一斉に集まってくる。
 母は笑っていた。気丈にも、あたしに心配をかけさせまいとして。
 炎に包まれたトラックがまた爆発し、母の顔を照らす。その頬には涙が伝っていた。
それでも母は、その穏やかな笑みを絶やすことはなかった。
「ママ…いや……いや……」
 あたしは耐え切れずに両手で顔を覆った。夢の終わりはいつもと同じなのに。
「さあ、いらっしゃい」
 その笑みと同じ、穏やかな声で、母は言った。
「私と一緒に…」
 その手から、1つの金属片が滑り落ちた。
「地獄へ行きましょう」

「いやああぁぁぁぁぁ!!!」
 あたしは自分の叫び声で目を覚ました。いや、他の皆が目を覚まさないことから、
実際にはそれほど大きな声ではなかったらしい。
 何時の間にか全身に汗をかいていた。あの夢を見たのは今回が初めてではない。
そう、今までも同じだった。突然の奇襲にかつての仲間達が次々と殺され、最後に母
が殺されたところで目が醒める。そう頻繁に見る夢ではない。数ヶ月置き、夢のこと
を忘れかけた頃にまた見る、そんなサイクルの繰り返しだった。
「どうにも、忘れさせてくれないわけね」
 ゆっくりと体を横たえながら1人呟いた。これまではモンスターに復讐したくとも
できない自責の念が、この悪夢を見せてるのだと思っていた。だが、こうして旅に出
て、雑魚とは言え多くのモンスターを倒していても尚悪夢を見るのだとしたら……。
(夢の中で勝て、ってことなのかもね)
 夢とはそれを見る人の想像力によるものだ。つまり、見る人の気持ち次第で内容は
どのようにも変えることができる。もっとも、おいそれとできる芸当ではないのだが。
(でも、やってみせる)
 そうして初めて、あたしは過去を清算できるのだ。



琥月の感想

アルベルトさんからの投稿で、第5話 死者の謳う幻想曲、Aパートが送られてきました。
ちょっとトラブルがありましたが、投稿ありがとうございます〜

今回は3分の1の投稿ということで、まぁとりあえずAパートと…
レベッカの夢の話…というか過去ですね。
トレーダー時代の仲間と母親の凄惨な死、モンスターへの恨みを覚えた日。
その過去を清算するために生きているレベッカはこれからどうなっていくのか楽しみですな。

アルベルトさんありがとうございました。m(_ _)m

今回から、というか前のバランスさんの時から改行などは頂いたテキストほぼそのままで載せています。
アルベルトさんも、これはこうしてほしいなどの意見があればくださいな。

アルベルトさんへの感想はこちらです

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