もう一つの伝説

第5話  死者の謳う幻想曲  Bパート

作:アルベルトさん


 その日は比較的涼しい日だった。いつもはギラギラと照りつける太陽の光も、雲に
阻まれそれほど酷くはない。暑くもなく、寒くもない日。さらに時折吹く風が緊張感
をさらに奪い、ややもすると眠気まで誘ってくる。彼はは大きな欠伸を1つすると北
の方角を眺めた。だが、6階建てのビルの屋上から見えるものといえば、地平線まで
続く乾いた大地だけだった。
 初めてそのランドクルーザーを見た時、全身を例えようも無い興奮が駆け抜けるの
を感じた。それ程そのクルマの印象は強烈だった。タイヤには幾つもスパイクが埋め
込まれ、車の持つ機動性を最大限活かせるようになっていた。車体全体には鉄板が溶
接され、ライトの高さには丈夫なパイプが張り巡らされている。それらが‘何か’か
ら守るためのものであることは容易に想像できた。そしてそれらに刻まれた傷は実際
に役立ったことを物語っていた。
 だが、何より目を引いたのは、その屋根に搭載された1丁の機銃だった。普通の人
にとっては何故そんなものを載せるのか理解できなかっただろう。装甲板や機銃は車
体重量を増加させ速度を落とす。例え僅かでも車の速度が落ちるということは、それ
だけ敵に追いつかれる危険が増すことに他ならないからだ。それでもあえてそれらの
処置を施した理由。
 それは、敵に立ち向かい、そして倒すこと。
 彼が今まで接してきた常識を真っ向から否定する理念に基づいて作られた代物。そ
れは彼が、いや全ての人が抱く希望を実現する可能性を持っているかに思えた。
 そんなことを漠然と想像しながら、彼―――リックという名の青年―――は重要だ
が退屈な見張りに従事していた。

「随分暇そうだな」
 同僚の声に、彼は後を振り返った。そして軽く手を振って答える。
「マイクか。あのヘビーマシンガン乗っけたクルマのこと考えてたんだ。今どこ走っ
てるのだろう?ってな」
 マイクと呼ばれた男は手に持っていたバスケットを床に降ろし、自分も腰を降ろす。
そして否定するように首を左右に振り、バスケットの中から配給された食糧を取り出
す。
「そうだな。俺に言わせりゃ馬鹿の極みだが、生きていた方がいいからな」
「馬鹿だと思うか、彼等を?」
 マイクから合成食料と水を受け取りながらリックが言う。
「不可能なんだよ、人がモンスターに勝つなんて。お前だって知ってるだろう。いつ
か皆殺されるんだ。この街だって、あと何日もつか判りゃしない。誰もそう思ってる
よ」
 リックはその言葉に答えなかった。マイクが言ったことは極論でも何でも無い。実
際、あの武装車両を見る目は感激でも驚嘆ですらなく、汚物でも見るかのような冷え
切った視線だった。中にはドライバーの運転手に向かって、明らかな軽蔑の表情を浮
かべる者さえ居た。それに気付いた時、彼は怒りより哀れみを感じた。努力するとい
うことがどれだけの価値を秘めているか理解できないその者に対して。

「なあリック。あれ、何だと思う?」
 水筒の水を口に含みながらそんなことを考えていると、マイクが訊いてきた。リッ
クは首から下げている双眼鏡で相棒の指差す方角を見た。
「ん〜、と。どこだ?……ああ、あれか。陽炎でよく見えんが、ただの岩か何かだろ」
「もっとよく見てくれ。あれは絶対岩じゃない。第一、この街の周囲にあんな岩なん
か無かったはずだ」
 確かに言われてみればその通りだ。リックは一旦手放した双眼鏡を再び覗き込む。
そしてしばらく観察した後、1つの結論を出した。
「おめでとうマイク。ありゃ旧式ガンタワーだ」
 …反応無し。僅かな間を置いて、まるで洪水のように喋り出す。
「ちょ、ちょっと待て。おめでとうじゃないだろ、敵だぞ敵!のんびりしてる場合か。
避難場所はどこだ?いや迎撃だ。警報鳴らさんと、警報はどこだ!」
 舌は回ってるが体は動いていない。リックはパニックになった相棒を楽しげに眺め
ると、軽く頭を叩いて、落ちつけよ、と声を掛ける。
「どうする、どうするんだ?無人兵器だぞ。殺される、皆殺されちまう」
 多少静かになったが、完全にパニックになっていた。無理もない。この時代の連中
には、‘人がモンスターに勝つ’ことなど、想像もできないのだから。敵が来たら逃
げる、逃げられなければ殺される。生き延びるために反撃することはあっても、倒す
ために戦うなど、到底不可能だ、と。
 だがリックの考えは違った。最強などあり得ない。確かに怪物も無人兵器も恐るべ
き相手だ。だが条件さえ整えば、人でも勝つことは可能なはずだ。そう思い、とにか
く情報を集めた。流石に怪物の情報は無かったが、意外にも無人兵器の情報は多く集
まった。武装・速度・形質や防御装甲などなど。それらの中には、歩兵ではどう足掻
いても勝てない物もあった。だが、今こちらに向かっている旧式ガンタワーは彼の計
算では‘勝てる’部類に入っていた。もちろん、そのための作戦は必要だったが。
 「いいかマイク。あれの武装は88mm砲とTOW、12.7mm機銃だ。彼我の
距離は3km前後だが、届かない距離だ。射程範囲に入る頃には他の見張り連中の準
備も整ってるさ。ガンタワーは足も遅いしな」
 「どうして届かないなんて判るんだ?」
 経験の無い相棒の質問に、リックはニヤリと笑って答えた。
 「何故って、撃って来ないからさ」

 最初の警報発令からだいぶ間があったためか、4両のガンタワーからぼつぼつと砲
撃が開始されても大した混乱もないままに反撃体制は整えられた。とは言っても、ア
トランティスのガードマンが持つ武器では88mm砲の射程外から攻撃することはで
きなかった。
(射程に関しては敵に分がある)
 アウトレンジというものがどれほど有利かを熟知しているリックは、他の監視塔の
メンバーと連絡を取り合い、各自に作戦を話していった。
「スナイパーライフルじゃ火力が足らんが囮程度にはなる。それで上手く敵を注意を
引く。対車両兵器を持ったヤツはファーストラインで待機。ターゲットがセカンドラ
インに入った所で、後からブチかます。判ったらとっとと移動だ、急げ!」
 仲間の武器と位置を把握した上で最後の連絡を取ると、パンツァーファウストと3
発の予備弾が入ったリュックをひっ掴み、相棒の方を振り返り声を掛けた。それまで
は呆然とした感だったが、いつまでも硬直しているほど馬鹿じゃなかった。
「射撃はオレがやる。お前は周りを警戒してくれ。それと、発射時のバックブラスト
には注意しろよ」
 ああ、とだけ返事を返すと、リックの顔をまじまじと見つめてきた。
「お前…いつからそんな立場になったんだ?」
「お前とは違う分野だけどな、オレも一応勉強してたのさ」
 マイクに返事を返しながらも立ち止まったりはしない。戦闘慣れしてないマイクも
弾薬を持って着いてきた。そして通りに出た所で敵の来る方角とその距離を確認する。
「1.5〜1.2kmって辺りか。ファーストラインまでは400m。さぁ急がない
とこっちが的になっちまうぞ」
 そう叫ぶとリックは待ち伏せする場所へ走り始めた。
 
 リックとマイクの付き合いはお互いまだ子供だった頃まで遡る。子供にもできる仕
事を探し、いつも2人で生活してきた。15歳になった時(誰も自分の正確な歳は知
らなかった)、何事にも呑み込みの早いマイクは食料生産関係の仕事に就いた。そし
て体力しか自信の無かったリックは、街のガードマンに志願した。労働力というもの
はどこでも重宝される。結局、この時以来3年以上会うことはなかった。
 ここアトランティスでは、ある一定年齢以上の男子は皆半年から1年間、警備の任
に就く。いわゆる徴兵義務というもので、「予備兵」と一般的に呼ばれる。これとは
別に警備の仕事に「正式就職」する連中を「ガードマン」あるいは単に「ガード」と
呼ぶ。非常時には予備兵を指揮する立場にある彼らは武器の扱いに熟知し、戦闘方法
も学ばなければならない。慢性的物資不足のせいでなかなか実弾演習はできないが、
ガードマンの存在のお陰でこの時代ではかなり高度な都市機能が維持されてきたのだ。
常に戦いの最前線に立つ彼らは、当然その死亡率は極めて高かった。

「入隊時にオレの教官だった人がかなり武器関係に詳しくてな、その影響でオレも色
々と調べてみたんだ」
 今まで無関係だったのが信じられない程、軍事系書籍は多かった。前世紀に製造さ
れた陸上・海上・航空兵器。歩兵用の武器。そして新兵器と称された数々の無人兵器。
その中で一際目を引いたのが陸上兵器の項目だった。
 様々な企業が無人兵器を研究する中で最後まで有人にこだわったそれらは、異形の
怪物や暴走した兵器に怯える現代の人々に希望を与えると思えたのだった。
「いつぞや来た、車の屋根に機銃乗っけたアレみたいなものか?」
 瓦礫の中に隠れる場所を探しながらマイクが尋ねた。
「あれはまがい物、模造品に過ぎんよ。本物はもっと…凄いんだ」
 ‘第5世紀‘と分類されたそれらは、社会の変化に伴い長期に渡って運用すること
を前提とした設計になっていた。既存の主力戦車の継続型であるエイブラムス、レオ
パルト、チャレンジャー、T−MX(T90改良型)などなど。民間企業が出したウ
ルフやホワイトムウも、正式登録こそされてないもののその性能は極めて高いと評さ
れてあった。(余談だが、1935年以降に開発された車種を再生産する企業もあっ
た。当初はマニア向けだったが、主力車両より安かったため、補充用に政府団体に購
入された)
「50t以上の重量、主砲は125mmキャノン、平均速度は60km/hを越える。
もしこれがあれば、今の力関係は根底から覆る。だがな……」
 そこでリックは言葉を切った。そして自分の教官の言葉を思い出す。
「もう残ってないんだ、1両もな。みんな大破壊で失われちまった」

 やがて、おぼろげながらも肉眼で確認できる辺りまで来たところで、4両のうち1
両がその車体の頂にある砲塔から火を吹いた。
 僅かな間を置いて、着弾。その瞬間、1つのビルの壁が大きくえぐれ、やがて轟音
と共に崩れ落ちた。引き続いて2発の88mm砲が発射、命中した地点の瓦礫が文字
通り吹き飛ぶんだ。
「な、なんかやたら派手に撃ってきてないか?」
 マイクが囁き声で尋ねた。
「ああ…多分、誰か見つけられたんだろう。恐らく熱感知だ、クソッ」
 リックも小声で悪態をつきながらも自分の取るべき行動を必死に考える。
(直撃しなくても爆風でやられちまう。かといってこの距離からじゃどうしようもな
い。だがこのままじゃ見殺しにするだけだ…)
「おいマイク、パンツァーファウストの使い方は知ってるな?」
 僅かな時間考えた後、リックは相棒に声を掛けた。
「え?ああ、使い方は知ってるが…どうする気だ?」
 途中まで聞いた時点で、持っていたロケット砲をマイクに渡し、代わりに彼の持っ
ていた狙撃ライフルをひったくった。
「オレが囮になる。お前はここで待機して、やつらが通り過ぎたらエンジンにそいつ
を叩き込むんだ、いいな?」
 そう言うと体制を低く保ち、通りへと飛び出して行った。
(M24、装弾数5発。撃破しなくても注意を引ければそれでいい)
 狙撃場所を探して走りながら、ボルトを後退させて弾丸を薬室に送り込む。その間
にも、自分の武器と敵の武器、自分の射程と敵の射程、敵との距離や通りの配置を頭
に思い浮かべ、素早く作戦を組み立てて行く。そして、最初の狙撃場所を見つけると
そこに飛び込み、姿勢を確保する。
(テメェの敵はこっちだ)
 スコープの十字に合わせ、発射。
 体を起こし、すぐに走れる姿勢に戻す。そして右手で銃身を支えスコープを覗きな
がら、左手でボルトを後退、次弾を薬室に送り込む。
(よしよし、気付いたな)
 砲塔がゆっくりとこちらを向く。それを確認すると素早く隠れていた瓦礫の影から
飛び出し、次の狙撃場所へ移動する。
 次の瞬間、さっきまで居た所が爆音と共に吹き飛んだ。各車両とも、データリンク
システムで情報のやり取りを行っているのだろう。リックが通りに飛び出すのと88
mm砲弾の着弾はほぼ同時だった。
(ド阿呆が。しっかり狙ってくるんじゃねぇよ)
 崩れかけたビルの影に身を伏せ、今度は車体中央辺りにあるTOW発射口を狙う。
しかし、距離があったのと安定した姿勢ではなかったためか、弾は装甲板を弾いただ
けだった。
(チッ、次だ)
 隠れ場所から飛び出し、通りの反対側へ走り出した。その瞬間、彼の予想以上の衝
撃が彼の背中を襲った。体が浮き上がり、前へと飛ばされる。
 衝撃で朦朧となる意識を振り絞り、何が起こったのかを確認しようとするリックの
視界に、予想外の位置に居るガンタワーが飛び込んできた。
 ガンタワーのデータリンクシステムは、リックの頭脳を僅かに超えていた。常に2
両1組となり、囮役を追い込もうとしていたのだ。そして先ほどの攻撃は、高台に陣
取ったガンタワーが遠距離からTOWを発射したものだったのだ。
(くそ…マジかよ)
 意識は徐々にはっきりしてきても、全身に走る激痛のため、動くことができない。
やがてゆっくりとガンタワーの88mm砲がリックの方を向く。
(もう終わりか。案外あっけないもんだな)
 死に対する恐怖は何故か感じなかった。それどころか、笑みを浮かべる余裕さえ感
じた。そして、挑発するかのように両手を広げ叫んだ。さあ、やれ!、と。
 次の瞬間の出来事は彼の一生の中で、最も予想外のことだった。発射寸前のガンタ
ワーが突然爆発、炎上したのだ。その衝撃で1番上にある砲塔が空高く飛び上がった。
 突然の応答停止は他のガンタワーに混乱を生じさせたようだった。動きを止めたそ
の僅かな隙を突くように、続けざまに3回の爆発音が響き渡る。その理由が何であれ、
4両のガンタワー全てが破壊されたことは間違いないようだった。
 散開していたリックの仲間達も各自隠れていた場所から出てくる。だが、目の前で
起きたことが把握しきれていなかった。
「何が…あった?」
 マイクに体を支えてもらいながらリックが仲間の1人に尋ねる。
「判らない。向こうの方角で3回光ったのを確認しただけだ」
 そのやり取りをしただけで後は皆押し黙ったままでその方向を呆然と眺める。まる
で何かを待つかのように。例えそうしたところで何かが判る保証はどこにもないのだ
が。
 やがて彼らの元へ1本の無線連絡が入った。ただ一言、今から行くが攻撃しないで
くれ、と。

 しばらくして、地平線の彼方に1つの影が現れた。それはやがて4つに分かれ、少
しずつ、その輪郭が露わになる。そしてその全体がはっきりと確認できるまで近づい
た時、リックの口から驚きとも恐怖とも(あるいは喜びとも)取れる唸り声が漏れた。
 それはただ、巨大だった。
 それはただ、重厚だった。
 それはただ、美しかった。
 華麗とはお世辞にも言えず、優雅とは丸っきり無縁の存在。だが、その美しさは機
能性を追及した結果のものだ。
 その目的はただ1つ。戦って生き延びること。それも防衛に徹するのではなく、こ
ちらから出向いて戦うための装備を幾つも兼ね備えていた。
 やがてその車体の細かい装備まで見て取れる所まで近づいた時、リックは呟いた。
これで歴史が変わる、と。



琥月の感想

アルベルトさんからの投稿で、第5話 死者の謳う幻想曲、Bパートが送られてきました。
今回も投稿ありがとうございます〜

今回の話の内容…からしてどこにあたるんでしょう…
クリス達の視点ではなく、リックの視点で書かれてますね。
最後に現れたのがクリス達なんでしょうかねぇ。
にしてもリック、戦車を使わず敵に対抗するため、頭を使い倒そうと言う勇気ある行動をしたわけですが
やっぱ生身じゃ無理なんですかねぇ…

ごめんなさいまともな感想かけなくて…(汗汗

アルベルトさんありがとうございました。m(_ _)m

今回から、というか前のバランスさんの時から改行などは頂いたテキストほぼそのままで載せています。
アルベルトさんも、これはこうしてほしいなどの意見があればくださいな。

アルベルトさんへの感想はこちらです

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