1羽の鳥が荒涼とした大地を駆けていた。いや、それを’鳥’と呼ぶのは無理があ
るのかもしれない。その生物はそれほど奇妙な姿形をしていた。胴体と足はある。一
見すれば、ダチョウのような姿だ。だが、それのような長い首は無く、真っ直ぐに伸
びた嘴が胴体の先から生えていた。
全ての鳥類が持つ器官であるそれは、正確には嘴ではなく銃身だった。細長く、ガ
ス抜き用の穴さえ空いている。そう、それは‘鳥の姿をした’ミュータントだった。
正確にはサイバネティック―――無機物と融合した生物―――と呼ぶ。もっとも、こ
の時代にミュータントの分類はされなかったが。
後にその種族は‘ロードガンナー’と呼ばれるようになる。
ふと、そのロードガンナーが立ち止まった。何かの異変を感じ取ったのだろうか、
頭をあちこちに向け、周囲の様子を探ろうとする。だが、特に何も無いと思ったのだ
ろう。再び疾駆の姿勢へ移る。次の瞬間、その体は跡形も無く消滅していた。後に残
されたのは直系1m程の窪みと焼け焦げたロードガンナーの体の一部のみ。
「命中!寸分の狂いもないわね」
両耳にセットされたヘッドフォンから嬉しそうな声が入る。そのトーンの高さから
女性なのだろう。先ほど3km先のロードガンナーを主砲で吹き飛ばしたとは思えな
いほど気楽な口調だ。そしてそのメッセージを聞くのはクリスという名の青年だ。
メッセージを送った女性―――レベッカという―――は同じ村で数年間一緒に暮らし
ていた。2人には他にも元トレーダーで一行のリーダー格のマリオとその仲間のアガ
サとディアスがいる。総勢5人。彼らは2日前に北米大陸にあるブラド・コングロマ
リットの地下施設から文明崩壊前の陸上兵器、戦車を発見、持ち帰ることに成功し
た。今はそれをアトランティス・シティに運ぶ途中だ。予定では、あと1時間程で到
着するはずだった。
「お見事。でもあれはさして脅威にはならないモンスターだ。無闇に主砲弾を使うの
は得策じゃないよ」
独り言というより自分に話し掛けたのかな、とクリスは思い、そう返事を返す。
「……判ってる。しばらく退屈してたから、ちょっとふざけてみただけよ」
そう彼女は答えると一方的に通信を切ってしまった。言葉の前に挟まれた僅かな沈
黙。それの意味を完全ではないとしても、クリスには理解することができた。
脅威であろうと無かろうとモンスターはモンスター。そしてレベッカにとって、全
てのモンスターは排除すべき存在なのだ。例えどれほどのリスクを払おうとも。
(でも、命を粗末にはするなよ)
言葉ではなく心の中で、クリスは呼びかけた。その強い思いの為に、自分の身を滅
ぼすことがないように、と。
それからしばらくの間、彼らは黙々とクルマを走らせ続けた。自動走行モードにし
ておけば勝手に走ってくれる。もっとも、方向を修正するほど器用ではないので時々
には手動に切り替えて操縦する必要がある。本来、これら主力戦車には軍事衛星とリ
ンクして自動操縦にすることができる。だが、軍事衛星とリンクできない現在、それ
は不可能なことだった。現在において旅をする者は誰しも、地図とコンパスで現在地
と進路を決定する。最強の陸上兵器を操る彼らも例外ではなかった。
「さて、そろそろアトランティスが見えてくるはずだ。全ての戦車が左右どちらかに
傾いてなければな」
パーティを誘導するように先頭を走るマリオから通信が入る。生真面目な彼が珍し
く冗談を言ったことともうすぐ街に着くという安心感からか、周囲の空気が一瞬和ん
だ。だが次の言葉で彼らはすぐに自分の気持ちを引き締めることとなる。マリオが次
に送った通信は「敵発見」の報だったからだ。
「0時方向、距離は…約10km。正確な数は不明だ」
「0時方向って、まさかシティが襲われてるんじゃ!?」
その言葉にクリスが真っ先に反応する。彼の乗るレッドウルフのレーダーにも、確か
に‘それ’は確認された。光学式スコープならうっすらとだが見える距離だ。クリス
はスコープの目盛りから、街から10km辺りだと判断した。丁度、自分達と街との
中間辺りだ。
「シティまでそんなに離れていない。やつらの攻撃で犠牲者が出る前に仕留めない
と!」
「そうだな…よし、各自全速前進。初めての砲撃戦だ、気を抜くなよ」
マリオの指示と同時に4両の戦車は最高速度で走り出した。
真っ先に飛び出したのは、クリスの乗るレッドウルフだ。この戦車は単座型の中戦
車として作られたため、他の3両と比べるとやや小さめに作られている。だが、エン
ジンの性能は全く劣っていない。そのため、最大武装時でさえ最大85km/hもの
速度で走ることができる。今の状況のような強襲作戦にはまさにうってつけと言え
た。
(よし捕らえた。距離は…4km弱か、これ以上近づくと気付かれるな)
砲戦に慣れてない彼には、敵が回避行動を取らない今しかチャンスは無い。戦車を止
め、レーザースコープで慎重に狙いを定める。そこで彼はあることに気付いた。確認
した4両の無人兵器は横1列で砲撃を行っていた。その内の1両が隊列を離れ迂回す
るように移動し始めたのだ。
(誰かを仕留めるつもりか、良い射撃ポイントを見つけたか?どちらにせよ、移動中
は狙えない。確実に撃破するには止まった瞬間じゃないと)
クリスはそう判断し、状況を後続の仲間に伝える。
「こちらマリオ、了解した。君は別働を破壊してくれ。こちらはまとまっている方を
攻撃する」
「こちらクリス、了解」
彼は短く返事を返すと、再びスコープで狙いを絞っていった。その間にも敵は次々と
砲弾を撃ち込んでいく。目標が停止する一瞬を待つ時間がまるで永遠のように感じら
れる。気付かれてもいい、今すぐ距離を詰めて主砲を叩き込みたい、そんな衝動にさ
え駈られる。
そしてついに待ちに待った瞬間が訪れた。クリスの狙う敵はよりはっきりと見える
高台へと移動して停止したのだ。射撃の際に高い位置に陣取るのは古代、弓の時代か
らの常識だ。だがそれは同時に己の姿を晒すことにもなる。特に自分を狙うスナイ
パーが居る時にその行動は致命的だった。
(今だ!)
発射ボタンを押した瞬間、凄まじい衝撃が車体を覆った。主砲の砲口から炎が噴き出
し、それと同時に秒速1.8kmまで加速された120mm徹甲弾が標的に向かって
突き進んでいく。4km先まで僅か3秒弱。標的となった旧型ガンタワーに突き刺さ
ると同時に弾薬庫に引火。爆発と共に多段式砲等が宙を舞った。
「目標撃破!」
その通信の少し後にさらに3回主砲が咆哮を上げた。クリスが狙いを定めている間
に、残りの3人もそれぞれの射撃地点に到着していたのだった。そして彼らの目標も
また、轟音と共にスクラップとなった。
「目標制圧。初めてにしちゃ上出来だったね」
通信元の声から、仲間の1人のアガサのようだ。初めての戦車戦に気分が高揚してい
たクリスだが、彼女も興奮気味のようだった。
「ああ、なんとか。外したらどうしようかドキドキものだったけどね」
クリスの言葉に、アガサは笑い声と共に答えた。
「そりゃ外さなくて良かったよ。さ、堂々の凱旋といこうか、ガードの連中が驚く顔
が見たいし」
「そうだね、でもその前に」
そう言うとクリスは通信チャンネルを外部に切り替え、アトランティス・シティの
ガード達が使う周波数に合わせた。
「あー、ウルフからガードへ。今からそちらに向かうが攻撃しないで欲しい。以上」
それからクリスと4人の仲間たちはアトランティス・シティへ向けて再びクルマを
走らせ始めた。
アトランティス・シティに住む人々の反応は冷ややかだった。壇上でブラド市長が
戦車の優位性を説明し、モンスターと戦おうと訴えても名乗り出る人は居なかった。
無理も無い、とクリスは思った。この時代、モンスターと戦おうという自分達の方
が異質なのだ。例え目の前に戦車を持ってきたとしても、命を懸けようとは思わない
だろう、と。
シティに着いたクリスらは、休む間もなくブラド市長の演説に立ち会うことになっ
た。彼にとって待ちに待った瞬間なのだろう、戦車の調達成功の挨拶もそこそこに市
をあげての会議が開かれた。だが、余り良い結果は出せそうも無かった。その場に集
まった人は皆、お互いに顔を見合わせるか沈黙を守るかのいずれかで、誰一人として
賛同する者は居なかった。
「あの市長、話を。いいですか?」
クリスが申し出た。自分の言葉で決心させることはできないだろう、でも何も言わ
ないよりはましだ。そう考えての発言だった。その言葉に、ブラドは1つ頷いただけ
で無言で場所を譲る。
市長に代わって現れたクリスに一同の視線が集まる。もっとも、何かを期待すると
いうより、何を言うのかという興味が主だったが。
(ま、期待されないだけ気が楽、かな)
緊張する自分に言い聞かせると、クリスは用意されたマイクに向かって喋りだした。
「どうも、僕の名はクリストファー。皆さんも知ってる通り、あの戦車に乗ってきた
うちの1人です」
そこで一旦言葉を切る。そして次の言葉を選びながら、再び話し始めた。
「皆さんが戦いたくないという気持ちは理解できます。誰だって死ぬのは怖い、もち
ろん僕だって死にたくありません。それでも敢えてモンスターと戦う気になったの
は、戦えない人を守りたかったからなんです。誰もができることじゃない、恐怖に震
える人の方が多いでしょう。…正直、僕1人にできることはたかが知れてます。ここ
までやってこれたのも仲間が居たからこそなんです」
そこまで話すと、彼は自分の相棒を伺った。クリスの話に、或いはこの演説自体興
味無いのか、視線を足元に落としたままじっと立ったままだった。
「…僕の仲間は昔トレーダーをやってました。でも彼女が小さい時にモンスターに襲
われ、仲間も親も殺されたそうです。もしその時に戦う武器が、兵器があれば、そん
なことにはならなかったでしょう。…勇気が無いなら、モンスターへの恨みでもい
い。復讐のために戦うのでも構わない。どうか皆さんの協力を、お願いします…僕が
言いたいのはそれだけです」
そう言って元の場所に戻ろうとしたクリスに突然、声が掛けられた。街に帰還した
時、最も熱心に戦車に見入ってた人だと気付いた。市長の話に全く反応を見せなかっ
たので少々残念に思ってたのだが。
「おれはリックって言う。ここでガードをやってるんだ。クリスって言ったっけな、
1つ質問なんだが、その‘戦車’とやらでモンスターを皆殺しにできると思うか
い?」
「あー、正直判りません。でも、少なくとも互角以上にはなれます。モンスターが異
常繁殖してるのでなければ、いつかは滅ぼせると思ってます」
クリスにとって予期せぬ内容だったためしどろもどろになってしまったが、相手は
納得したように何度も頷いた。
「そうだな。1匹でも、1両でも多く破壊すりゃ未来は開けるってもんだ。それにこ
のまま惨めに死ぬくらいなら、派手に戦って死にてぇ。おれもあんたに協力するぜ」
その言葉の後に、別の所からも声が上がった。
「おれの家族も、モンスターに殺された。おれもヤツらに復讐したい。頼む、協力さ
せてくれ」
やがて別のところからも、1人、また1人と協力を申し出る人が現れ始めた。その
数は総勢約50名。街の規模からすれば1%にも満たない。だが今回出席しなかった
人も大勢居るし、各地で敵撃破の報が届けばさらに協力者は増えていくだろう。
(少しずつ、でも確実に変わり始めてる。昔は誰も戦おうとしなかったのだから)
戦う人が増えれば死ぬ人も増えるだろう。だが負けるわけにはいかなかった。その
時は全ての希望が断たれる時だから。 |