メタルマックス・ロスト=ストーリー

ただ、生き延びる為に…


―序章―



…ジジ…ジジジジジ…


切れ掛かった蛍光灯が、付いたり消えたりしながらその地下室を照らす。

そこは…長き時間人の出入りすらなかった空間であった…。


…シュー…シュー…。


何も無い部屋。

…だが、その中央に頑丈な蓋のついたベッドのような物がぽつんと置かれている…。


ベッドらしき物…その中に誰かが入っている。

…だが、ガラスのような材質で出来た蓋は曇り…中にいるのが何なのか判別は出来ない…。


…プシュ…。


…部屋の扉が開いた。…そして、掃除用具を持った看護用と思しきロボットが、その殺風景な部屋にモップをかけていく…。


…。


それはこの空間において幾年も続いてきた、ある種儀式めいた日常であった。

…そう、少なくともこの日までは。




…ピーッ…ピーッ…ピッ-ッ…。




効き慣れない異音に気付きロボットがベッドに近寄り、

…この施設のマスターコンピュータに報告を上げた。


『…直ちに蘇生を開始せよ』


ロボットはマスターコンピュータの命に従い、ベッドの脇にある電源を落とした。

…長い間閉じられたままだったベッドの蓋が空き…物語が動き始める…。




…。




それから…数時間後…。

開かれたベッドの蓋…その淵に、一本の腕が置かれる。



…むくり…。


ベッドから起き上がったのは、高校生かそこらの少年だった。


「…ここは…?…そう、それに僕は一体…。」

『お目覚めになられましたか、マイト様』


…くるり…と少年は横を向く。

すると、看護用ロボットが彼の腕を取り、脈を測っている。


「…マイト…そう…そうだ、僕は…マイト・イクスィス…。」

『意識が覚醒してきたようですね、冷凍保存からの回復は完全なようです。』


…冷凍保存。

…その単語を聞いた途端、少年…マイトの脳裏に眠りに着く直前の事がフラッシュバックした。


「そう。そうだ…すっかり忘れていたよ。」


そして彼は長い回想に入る…。


…。


かつて…マイト・イクスィスは恵まれた男だった…。

運動神経、成績共に人並み以上。


…父はブラド・コングロマリットで新薬開発機関を一つ任されるほど。

彼自身、医者の卵として周囲の期待と羨望を一身に集める存在であった。


…だが…ある日、彼の体を異変が襲う。


時折意識が朦朧とし、酷い時は全身に激痛が走った。

…何が原因か判らず、大抵の医者はさじを投げ…。


…だが、彼の父は何とかその原因を特定する事に成功する。

そして…それが、彼の長い眠りの始まり…。



『先天性対極小機械超過免疫症候群』



それが…彼に与えられた病名である。


…その当時、様々な効果を持つナノマシンが世界中に氾濫していた。

だが…時としてそれが体質に合わない人間もいたのだ…。


…症状が出る前日に彼はナノマシンによる応急治療を受けていた。

だが傷口を瞬時に塞ぐそのナノマシンを、彼の免疫は『異物』と判断してしまったのである…。


…それこそ何度となく治療を受けた。


だが…治療用に投入されたナノマシンはことごとく異物として扱われ…、

遂には「治療の邪魔をするな」とばかりにナノマシンから攻撃を受け、彼の免疫力は低下…。


…そして…彼と彼の家族は苦渋の決断を迫られる事になる。

だがそれは「治療法が確立されるまで冷凍睡眠する」と言う荒唐無稽な方法で…。



…。



…ピッ…


『脈拍、体温異常無し』

「あ、ああ、有難う。」


…暫く物思いにふけっていたマイトだが、看護ロボットの合成音で我に返った。

そう、ここは彼が本来いるべき時代ではない。


「あ、そうだ…父さんは何処だい?」


…彼は思わずそう聞いていた。

考えてみれば、父どころか知り合い全員既に鬼籍に入っている可能性だってある。


…だが『死んだのか』と聞くのは躊躇われたのだろう…。

いや、そう答えられるのが恐ろしかったのに違いない。


『…院長は院長室です』

「あ、そ、そうか…ありがとう!」


とは言え、返ってきたのは思ったよりも遥かにいい返事だった。

…父が生きているくらいなら皆生きている時代の筈だ。


(会える…また皆に会える…。)

『お待ちください、まだ動いては』


看護ロボが何か言っている…が、彼にそれは最早聞こえていなかった。

…そうして、マイトは看護ロボの静止を振り切るように、地下室から駆け上っていく…。



…。



チュン…チュン…


…鳥のさえずりが聞こえる…そして、自らの頭上で燦燦と輝く太陽…。

道では汎用アンドロイド達が庭木の手入れや柵の修理などを行っていた…。


「ふう…いい天気だ…。」


…マイトは取り合えず表に飛び出していた。

久しぶりの外の空気だ…。


…見渡せば何処までも海…そう、ここは絶海の孤島。

彼の療養の為に父が用意した、大規模な療養施設であった…。


「おーい、誰かいないかーっ!」


…思わず叫んでから、マイトはさっと赤くなる。

…一体自分は何をやっているんだろう…恥ずかしい。…それが偽らざる彼の本音であった。


…だが…それに対する反応は無かった…。

一瞬、汎用アンドロイド達が顔を上げ、挨拶を返したが…人間の姿は見えない。


「あ、あれ?…食事か何かかな?」


…だが眠りに付く前、ここには自分の他に100人以上の患者や医師がいた筈だ。

ずっと見渡して誰も見当たらないのはおかしい。


…すっ…


ふと…背後を見る。…何一つ変わらない病院…。

小学校ほどの広さがあるその広大な建物…だが…おかしい。…何処にも人の気配がしない…。


「…え…?」


…そして彼は、自分の考えが…最悪のケースを含め、甘すぎた事を思い知る事になる…。



…。



「だ、誰かいないのかっ!?」


…彼は走っていた。

本来冷凍睡眠から目覚めたばかりの彼にとって、この行動は自殺行為でしかない。


だが、この場合誰が彼を責められよう。


…とは言え…幾ら走り回っても、誰一人すら見当たらない。

設備は眠りについたあの日とそう変わっていないように見えるだけに、

それは…余りに恐ろしい光景だった…。


…。


「…はぁ、はぁ…はぁ…。」


息を荒げながら、マイトは院長室に走りこむ。

…さっきの話からして、少なくとも父はここに居る筈なのだ。


「父さん!…誰もいないんだ、皆何処に行っちゃったのさ!?」


…彼の父は、中央の揺り椅子に座っている。

彼は眠りに入る前…父親がよくここで居眠りをしていたのを覚えていた。


「…父さん。」


…父親はあの懐かしい日々となんら変わらずに、その椅子で眠っていた…。

…唯一つ…白骨化していることを別にしては。








「うわあああああああっ!!」








…絶叫…そう、最早彼は叫ぶしかなかった…。

そして、突然襲う激しい嘔吐感。


「う、うぐっ…!!」


彼は窓に駆け寄ると全ての腕の力を総動員して窓をあけ、そして吐いた…。


「…はぁっ…はぁっ…はぁっ……え…。」


…そして…気付いてしまった。


眼前に広がる景色。そこはかつて…運動場があった区画…。

だが、今そこにあるのは…墓だ。


「…なんで…こんな…に…。」


…そう、院長室から見渡したそこは…数多の墓に占拠されていた…。

だが、その全てはこけむし…長く放って置かれた事は明白である。


「そうか…道理で誰もいない訳だ。…こんな所に…居たんだ…ね…。」


…そして…父の亡骸に目をやった時…彼はまた気づいた。


「…あれ…パソコンの電源が生きてる…。」


…父のパソコンの画面には、地味目なスクリーンセイバーが踊っている。

だが、彼の父は元来使わないとき、コンピュータの電源を落とすタイプのはず…。


「何か…意味でも…。」


…そして…長い年月踊っていたスクリーンセイバーが消え、本来の画面が戻ってきた時、そこにあったのは…彼宛に書かれた遺書…。

…ずっと…ずっと以前に父が、息子を心配して最後の力を振り絞った、最後の親心であった….



…。


「そんな…馬鹿な…っ!」


マイトは叫ぶ。


…自分の足元が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくような嫌な感覚…。

それは…息子の病気を治すことが出来なかった父からの贖罪のメッセージだった。


「僕の体…治って…ない…?」


…思わず後ずさり…そのまま院長室から走り出した。

そして…そのまま適当な病室に走りこみ…頭から毛布を被って丸くなる…。


「夢だ…こんなの…悪い夢だ…!」


…ガタガタと震えても…幾ら待っても悪夢の覚めるときは来ない。…否。来るわけが無い。

だが、混乱きわまった彼は…少なくとも今は…そうするしかなかった…。



…。



チュン…チュン…

スズメのようなセキュリティ…ビームハチドリが朝を告げる。


「…う、やっぱり…夢…………じゃあ無いんだよな…。」

『おはよう御座います、お食事の準備が整っております、食堂にいらしてください…』


…汎用アンドロイドが彼の覚醒に気付き、世話をはじめた。

恐らく父が用意してくれたのだろう。…最後の時をせめて苦労無く過ごせるように…。


…だが…泣き疲れ…それでも彼には一つ決めていた事があった。

どんなに怖くて不安でも…日々の生活に保障が無くとも…じっとしているよりは動いたほうが良い。


「ありがとう。…でも、明日からは要らないよ。」

『了解』


その言葉は…むしろ自分自身に言い聞かせる為の物だったかも知れない。


…多分、そうでもしないといざという時に足が前に進まなくなってしまう…。

そう、居心地のいい生活からは離れなければならないのだ。


「代わりに…地下車庫の鍵を開けておいて…それと揚陸艇を用意して欲しい。」

『了解』


…汎用アンドロイドは去っていく。命令を果たす為に。


…マイト自身は…父の部屋…院長室へ向かった。

そして…部屋に入ると何処か芝居がかった調子で大声を上げる。


「…セキュリティ、父さんの様子がおかしい。…至急調査を。」

『……院長の死亡を確認…検死の後、埋葬します』


…父は恐らく死に際し、療養を勧めるセキュリティを黙らせる為に自室のスキャンを禁じたのだ。

それは、他ならぬマイトに遺書を用意する為だったろう。


だがそれゆえ父は、白骨化するまでここに放っておかれる事になった…。

…恐らくそれも覚悟の上だろう…。


そんな父を、彼は誇りに思い…僅かでもそれに報いる為に次の命令を発した。


「ああ、形式で構わないから葬儀も頼む。」

『はい、…なお、後任の院長は…。』


ふっ…と自重してマイトは言った。

…父の死をセキュリティに報告したのはこのためでもあることに気付いたからだ。


「…僕がやるさ。…で、新院長の権限で…倉庫の鍵を開けてくれ。」

『了解…院長』


…そして…父を埋葬したマイトは準備にかかった。

自らの病魔を治療する術を探す旅の…準備を…。


…。


それから暫くして……揚陸艇に選び抜いた車両を積み込むマイトの姿がある。

…それは…地下車庫に並んだ車の中で、一際目立っていた車であった。


「しかし、なんでこの救急車はこんなもんが付いてるかな…。」


…それは、一見ただの救急車。

だが…それには何故か運転席の横に7、7mm機銃が付いていた。


「…危険…なんだろうな…。」


…コンピュータのデータでは、何らかの理由で文明が致命的な被害を受けた事が判った。

ならば…こんな物がついてる事も理解できる。

無政府状態がどれほど恐ろしいか…多少は判っているつもりだった。


…だが…その認識は盗賊が出る…程度の物でしかない。


彼は知らない…この島の外がどうなっているか。

よもや…異形の怪物が闊歩し、セキュリティが人の敵に回っているなど…想像の枠を超えている。


この島が正常なのは、大破壊の前にシステムを完全オフラインにしたからに過ぎないのだ…。


…既にバイアス・シティは崩壊。…しかし未だ人々はモンスターの脅威に怯えている…そんな時代。

一人の少年の物語が…今…始まる…。

―続く―


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