第1話 復活 後編 −承前−

作:バランスさん



 トラックの乗員達は物資の調達に際してずいぶんと手荒い手段を取ったらしく、あちこちの建物からから火の手が上がっている。
グレッグの頬はその照り返しで紅く染まり、熱気で灼けた。
 辺りには木材のこげた匂いやその他のもっと忌まわしい匂いが立ち込めている。
それは死と恐怖の匂いだ。
物陰から物陰へと縫うように進みながら、大声で家族の名を呼びそうになるのをグレッグは必死でこらえていた。
まだ村の中に残っている敵がいるかもしれない以上、必要以上に自分の所在を明らかにする事は出来ない。
ひどい緊張のせいでまた吐き気がこみ上げてくる。

「くそっ」

グレッグはかぶりを振った。
俺の胃袋ときたら、何だってこうもデリケートに出来てるんだ。
吐こうとしたところで今朝食ったオムレツは、もう胃袋の中には残ってないんだぞ。 

 誰かが倒れている。
見覚えの有るその顔は水車小屋に住んでいる粉屋だった。

 可哀想なテッド。ついこの間父親になったばかりだったというのに。
シーダーレイクにグレッグが移ってきた時はちょうどジェインの勤めていた学校を卒業したところで、
村に帰る彼もグレッグ達の引越しの車に乗せてやったものだ。

 それから五年、父の跡をついで村で粉屋を始め、幼馴染の娘と一緒に所帯を持った。
それなのに。
たったの18歳で殺されてしまうなんて。

「父親?」

その単語がグレッグにさいぜんから気にかかっていた事が何なのか気づかせた。
 子供だ。
シーダーレイクには10歳未満の子供が少なくとも二十人はいたはずだった。リサも含めて。
だが村がこんな事態に陥っているときに、なぜ子供の悲鳴や泣き声が全く聞こえないのか。
息を潜めているにしてもこれだけ火が燃えていればいつまでも家の中にはいられない。
何が起こっているのか判らなくなってきて、グレッグは神経質にショットガンのグリップを何度も握りなおした。

 その場所から移動しようとしたとき、グレッグはテッドの右手にリボルバーが握られたままなのを見て取った。
 どうするか。
残敵の正確な人数がつかめない事と、子供達の事が彼を不安にさせていた。
武器は多いにこした事はない。そろそろと建物の陰から這い出すとグレッグは若者の亡骸に近づいた。
この位置まで来ると通りの向かい側のくすぶりつづける民家の残骸の陰には、テッドの妻が血溜まりの中に倒れているのも見て取れる。

「俺はこいつの扱いが得意じゃないんだが、残弾は有効に使わせてもらうぞ」

そう呟きながらグレッグはテッドの右手をこじ開け、腰のガンベルトに拳銃を収めた。

右足に衝撃を受けてグレッグは転倒した。一瞬遅れて銃声がこだまする。
村の中央広場の方から、小口径のライフルを構えた男が走って来るのが視界の隅をよぎった。
トラックの乗員の片割れらしいその男は、倒れたグレッグがよく見える距離まで来ると、こちらへ銃口を向けた。
 グレッグは死を覚悟した。 ショットガンではあまり殺傷効果の無い距離に男は居たし、拳銃ではこの距離で命中させるのはグレッグには無理だ。
右足の銃創は膝の近くを砕いたようで、耐えがたい痛みがじわりと脊髄を這い上がってくる。

 オイホロカプセルが欲しいなとグレッグは思った。
闇マーケットなどで高額で取引される鎮痛剤、というよりは有体に言って麻薬である、オイホロトキシンを製剤したものだ。
過酷な戦闘に生身をさらすソルジャー達が好んで使うが、多用して廃人になるケースも多い。
生まれつき酒などもうけつけないグレッグにとっては用量次第では命取りになりかねない代物だが、
このまま動けないでいるよりはましだと思える。

銃声。
後頭部を撃ちぬかれてゆっくりと男が崩れ落ちるのを信じがたい思いでグレッグは見守った。

 1ブロック先の雑貨店のドアが音を立てて開き、長い銃身の猟銃を再装填しながら中年の女が姿を現した。

「ヘレン小母さん?・・・命拾いしたよ」

夫を事故で亡くした後も村で一軒の雑貨店を切り盛りしつづけている寡婦。
土曜日の午後になると人工甘味料のソーダ水を求める子供達の間で魔法の泉の女神のように慕われていた。
だが今は腹部に銃弾を受けて血に染まったスカートの裾を引きずっている。

「グレッグかい。お急ぎ、奴らの一人があんたの家へ向かったのを見たよ」
「小母さん。何があったんだ、子供達はどうなった?」
「・・・あたしの小さなお客さんたち!! 奴らが突然やってきて何人も殺されちまって、
 生きていた子は連れて行かれたよ。・・・何てこったい、何て。」
「リサは?」
「さあね、店には来てなかったけどねぇ」
「有難う!!」

グレッグは右足を引きずって自宅へと向かった。傷は痛むが、そんな事はこの際後回しだ。
最低限の処置として、腰のポーチから回復カプセルを取り出し、水無しで飲みこむ。
含有された極微量のオイホロトキシンが痛みを和らげ、短期分解性のナノマシンが傷をある程度修復してくれるはずだ。
昔ハンター仲間から教わった呼吸法も試みると、グレッグの足はどうやら言う事を聞いてくれそうな感じだ。
よろけながらなりふり構わずに進むグレッグの後で、ヘレン小母さんの猟銃がもう一度響き渡った。


 自宅の前まで来てグレッグは家が燃えていない事に安堵した。だが、それはまだ中に敵がいると言う可能性を示してもいる。
ドアは開け放しになっていた。ショットガンから拳銃に持ち替えて、グレッグは中に踏み込んだ。
足音を殺して進んでいくとキッチンのほうから人の息遣いが聞こえて来る。

ズボンを膝まで下ろした男がキッチンの床の上で動いていた。
両脇には白い足が力なく投げ出されている。
ジェインだった。
頭の辺りに血溜まりが広がっている。

「よかったか?」

グレッグは男の頭にテッドの拳銃を向けたまま声をかけた。

「そいつは俺の女房だ。料金は高いぞ、お前にとってはな」

自分のズボンに膝の所で足を縛られた形になって機敏に動けず、男は恐怖に顔を歪めた。

「待ってくれ」

ジェインは胸を撃たれて絶命していた。口元から流れ出した血が泡だって、頭部はその赤い海の上に浮かんでいる。

何て酷い事を。

絶望と足の傷の痛みがグレッグを現実からもぎ取っていきそうになる。
敢えて冷酷な男を演じつづけていなければ意識を保っていられそうにない。

「ツケ払いには出来ないんでね」

そう言い放って男の両膝と両手首を順番に撃ち抜く。
ほんの数秒、何が起きたのか判らなかったかのような顔をした後、男は苦痛にのたうちながら呪詛の言葉を吐き散らした。

「痛ぇ、痛ぇよ。ち、畜生。俺が戻らなかったら、た、大佐が黙ってないぞ」
「大佐だと?」

グレッグは怪訝な顔になった。

「何だそいつは」
「デュラン大佐は英雄だ。われわれ人類を真にあるべき世界へと導いて下さるんだ」

途端に夢見るような表情を見せた男に、グレッグは異常なものを感じた。
こいつ、ヤクでも使われてるんじゃあないのか。

「子供達をどこへやった?」

答えは無く、見ると男は歪んだ笑顔のまま事切れていた。
何らかの方法で、敵の手に落ちたら自決するような条件付けをされていたらしい。
顔を近づけるとアーモンドのような匂いがする。青酸化合物のカプセルを奥歯に仕込んでいたに違いなかった。

腹いせに残りの銃弾を男の頭に撃ち込むと緊張の糸が切れて、グレッグはがっくりと床に崩れ落ちた。
そしてジェインの亡骸にくちづけをすると、無残な姿になった妻の上に近くに落ちていた
テーブルクロスをかぶせてやり、その上に突っ伏して声も無く涙を流しつづけた。


     家のどこにもリサの姿は無かった。
 村の中にも。
痛む足を引きずってグレッグは娘の名を叫びながら辺りをさまよったが答えは無く、村には生存者も殆どいなかった。
ただ一人、銃弾を腹の中に埋め込んだまま猟銃を撃ちつづけていた気丈なヘレン小母さんも、
割れたソーダファウンテンの傍らで数時間後に息を引き取った。村は殆ど抵抗らしい抵抗も出来ずに踏みにじられたのだった。

その夜、シーダーレイクはグレッグの手で火葬に付され、この地上から消えた。


足を負傷してペトラに現れたグレッグに、顔見知りの者たちはみな訝しんだが、
ひどく荒んだ様子の彼はしばらくの間、誰にもいきさつを語ろうとはしなかった。
やがてグレッグは町を訪れるハンター達に戦車の情報を求めるようになった。

  どこかに取り残された大破壊以前の戦車や装甲車は無いか。
引退するハンターが戦車を売りに出していないか。

  だが、そんな話など滅多に有るものではない。
以前使っていた装輪装甲車にしてもモンスターに負けて死にかけた別のハンターから、葬式代のかわりに譲り受けた物だ。
たまたま通りかかった自分の幸運に、あの時は死にゆく男を尻目に有頂天になったものだった。
あの車が今有ったらと考えるがそれはもう無理な話だ。現役を退くとき、ハンター仲間の一人に買い取ってもらったのだから。
その金は結婚してしばらくの間の生活や、リサが生まれたときのさまざまな費用などに当てられた。
買った奴にはどのくらいの価値があったのか、それはグレッグにはわからなかった。

あの装甲車程度ではあのときの軍団に勝てないであろうことも明白だった。
レンタル屋の車などではバランスが悪すぎてさらに話にならない。

そうして空しく日々が過ぎてしばらく経った頃、アンディーが現れたのだ。

               * * * * * * *

「戦車だ!戦車だぜ!!」

通りを歩いていた一人のハンターが目をむいて叫んだ。
 今にもオーバーヒートして停まりそうな悲鳴をエンジンから張上げながら街路を進むハーフトラックと、その後ろに引かれた巨大な重戦車。

 グレッグの持ち込んだ戦車はペトラの町にちょっとした騒動を引き起こしていた。
その雰囲気を察してかどこかで犬がけたたましく吠える。畏れと羨望の入り混じった視線がグレッグに絡み付いた。
町の男の子達はハーフトラックの排気ガスをものともせず、後ろについて走ってくる。

二台の車は、そのまま町の一角にある修理ドックへと入っていった。

  「たいしたもんだ。装備さえ整えてやればいい戦車になるぜ、あれは。」

お気に入りの銘柄をいとおしそうにすすりながらアンディーが言った。グレッグは黒く濁った代用コーヒーをひとくち含むとそれに答えた。

「修理ドックのギルバート親父の言うには、大砲以外は全部交換するしかないらしいな。
 おまけにあの車体を動かせるエンジンはそうそう無いとさ。
 とりあえず手持ちの一番いいエンジンを積んでおくとは言ってくれてるが。」

酒場のカウンター席で飲んでいる二人は数ヶ月振りに和やかな気分だった。
無論グレッグの心は依然として、このコーヒーと同じにどす黒いものを含んだままではあるのだが、この陽気な男、
年来の友人であるアンディーにそれを見せる理由など無い。
だがそれにしても、戦車を使用に耐える状態にするには金が要る。

明日からまた、戦闘向きの車を借りて仕事に出よう。

そう心に決めていた。アンディーのアルバトロスを借りる手も有るが、彼はまた明後日から長期の輸送を請け負っているのだ。
今度は北方の町まで荷受に行くらしい。
途中の道は危険なモンスターも多いが、アンディーなら多分うまくやるだろう。
今夜だけは、いやな事は全部忘れて楽しくやってもいい。

結局その夜は明け方近くに修理ドックに戻り、もう仕事を始めていたギルバートに仮眠用のベッドを借りて寝た。
ジェインとリサが夢の中で微笑んでいた。


 レンタル屋には丁度、以前使っていたバギーが修理を終えて戻ってきていた。
いやな思い出と結びついた車だが、あの軍隊と、そしてデュラン大佐と呼ばれる男に復讐の戦いを挑む出発点としてはある意味ふさわしい。

「まずはキャノンホッパーを何匹か仕留めたいところだな。」

まってろよ、俺の戦車。すぐに連れてってやるからな。

勝利か、敗北か。そんな事は終わってみなければわからない。どの道死体と残骸の山を築き続ける地獄の旅だ。
絶望の底から這い進む中年男と、砂の中から蘇った旧世界の怪物戦車。
そんな組み合わせには、地獄の道行きこそが相応しいだろう。

交換したばかりのコンバットタイヤが砂塵を捲き上げる。
バギーの操縦席でグレッグは砂丘の彼方に踊る陽光の中にリサの走る姿を見たような気がしていた。



琥月の感想

バランスさんの小説、「ネメシスの動輪」の第1話 後編が送られてきました。

グレッグが再びハンターに戻った理由。
そして、グレッグのデュラン大佐に対する怒りや恨みが出ていました。
戦車を手に入れたが、それはまだ使えるものではなく、
まずは修理のために戦いへと赴くグレッグ。
その時思うことは娘リサの安否と、妻ジェインの事だった・・・
やっぱり、男の戦う理由とはこうも重いものなんでしょうかねぇ。

バランスさんありがとうございました。m(_ _)m

あと、これもバランスさんから来た小説を手直ししています。
僕の判断で改行をして、誤字、脱字であろうというものを変更しています。
行間については元の通りにしたつもりです。
改行についてはどうしていいのかわからなかったので、やり直せと言われれば直します。(^^;

バランスさんへの感想はこちらです
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