第2話 - 邂 逅 -

作:バランスさん



      ぎらぎらと照りつける太陽
      死せる大地を貫くハイウエィ

      おれは車をひた走らせ
      昨日と明日の間
      終わりの無い旅の途中

      ラジオを点けてあの娘の歌を聴こう
      古い昔の歌を

      ああもちろん解ってるさ
      あの娘が今では 変わり果てた
      姿になっているくらいの事は

(「ルート99」作曲者不詳・新紀元前52年、M・Hグレッグ・マイヤーにより採集。
 歌詞は最も良く知られたヴァージョンに基づき和訳されたものより抜粋。)


 街道と言っても、もう明確に舗装された道などは残ってはいない。
それでも周囲に対する監視の容易さや地形の平坦さ、緊急の再の補給の便など様々な要因によって、
人と物と、そして情報の運ばれるルートはおのずと決まってくる。
ひとたび確立されればそれはより多くの行き来をうながし、そして街道となる。
有史以来、人間はその様にして交通網を発達させてきた。
この時代においてもそれは同様だ。

東部の山岳地帯を抜けて延びて来たかつての57号ハイウェイは、ペトラの町を分岐点として、
この砂漠の北部、ニューサウスキャニオンと呼ばれる細長い渓谷に並走する北ルートと、
遥か南の海岸地帯へと向かう南ルートとに分かれている。
渓谷の底には一筋の川。乾季には殆ど単なる湿った砂の堆積に変わるその流れは、
かなた上流の形を失いかけた都市の跡を通るときに、コンクリートの微粒子を含んで白く濁る。

ホワイトリバー。人々はそう呼ぶ。

 グレッグは北ルートをとって、渓谷を越えた北にある大きな街、パインブリッジ市へ向かっていた。
 目的は情報収集ともうひとつ、これは途中で運良く高額の賞金首や、
キャンペーン対象のモンスターを倒せればだが、戦車用の電子部品だ。
この辺りでのもっとも高性能なものがそこでは売られている。
パインブリッジはかつてコンピューター工場の立ち並ぶ工業都市だったし、
今でも地中から掘り出される集積回路やその他の電子機器の内、かなりの割合で使えるものが残っているからだ。

 オクタポンドでの戦いから一ヶ月と少しが経っている。この間収穫と言えるものが幾らかあった。
自動装填装置をファブニールに搭載した事と、デュランの一味の動向が少し判った事だ。
二ヶ月ほど前から北ルート周辺の一帯を、複数の盗賊団が脅かしている。
その多くは戦車や装甲車などを数台所有し、交易商人のキャラバンや時には小さな町を襲っているらしかった。
オクタポンドの町を襲った一隊もその一つだ。
それらの盗賊団と遭遇した何人かのハンター達の証言にグレッグは着目していた。

   統一された装備を持ち、敵の手に落ちると口腔に忍ばせた毒物で自決する盗賊団。
それはグレッグの忌まわしい体験と一致する。デュランの部下達が戦闘車輛の一部を持ち出して盗賊に扮し、
定期的に物資の調達をしているのに違いなかった。
とすれば連中は、自給自足の困難な恐らくは砂漠の奥深い地域に止まり続けているのに違いない。
ファブニール一台でそこまで行くのは航続距離から言ってかなり無理があるといえる。
砂漠を突破して敵の本拠地にたどり着くには、なんらかの手段を講じる必要があったが、
グレッグには今のところその問題については考えあぐねているところだ。

リサの生存についてはもはや絶望に近いとグレッグは諦めかけている。
それは一人の父親にとっては堪え難いことだったが、この時代にあっては子供の行方不明は特に珍しい事ではない。
 その点に関しては彼だけが不幸なわけではないのだ。
普遍的な不幸が存在する事、それ自体が時代の不幸さを象徴しているのだとも言える。

砲弾セレクターつきの自動装填装置は好調だったが、
グレッグはファブニールの操縦席で、ひとり憂鬱を持て余していた。
いつになったらデュランにたどり着けるのか。
ファブニールの維持と強化、そして自分の生存。
それだけのために日々が過ぎていくもどかしさに、ともすると挫けてしまいそうな気がする。
所謂「戦車乗りのジレンマ」にグレッグもどっぷりと浸かってしまっているのだった。

 パインブリッジへ向かうルートには難所が一つある。
ニューサウスキャニオンに懸かる、全長1キロ・高さ50メートルの巨大な橋梁。
「ロング・シックス」と呼ばれるこの橋を渡るには、かなりの困難が伴うのだ。
橋の上で車が通れる部分は、その幅およそ6メートル。
この幅では、全幅がほぼ4メートル近いファブニールや同様のサイズの戦車は、橋の上ですれちがえない。
反対側から誰かが来れば、元の地点、つまり橋のたもとまで戻って待機しなければならないのだ。

どちらが?

無論、急ぎでない方がだ。しかしこの時代に、レジャーとして車を走らせる者など居はしない。
車に乗るには大抵、それなりの理由があるものだ。

伝染病の発生した町に医療チームと器材、そしてワクチンを届ける者。
逆に、病人を設備の整った町へと運ぶ者。
罪を犯し逃げる者と、追う者。
ありとあらゆる急ぎの用事が、人をして荒野に車を駆らせしめる。
その優先度を測るのは、簡単な事ではない。だからこんな橋はえてしてトラブルの舞台となる。

 それに1キロの道のりを一直線に進むのは、途中でモンスターに襲われた場合、かなり危険な状況だ。
そしてもしそれが強力な火器を持つものならば、橋が崩れ落ちることでさえ有りうる。
 交通網を遮断してしまう結果になった場合その罪は重い。
「ロング・シックス」のような大掛かりな建造物にいたっては、死を持ってすら償う事は出来ない。
恐らくは全財産を没収の上荒野へ追放、
そして無数の人間の生存に壊滅的な影響を及ぼした「人類の敵」として半永久的に記録されるだろう。
考えただけで気の滅入るような話だが、運が悪ければ誰の身にも起こり得る事なのだ。

「ロング・シックスまで10km」

そうかかれた標識の傍らでグレッグはファブニールを停車して昼食を摂っていた。
ペトラの石油から作った合成タンパク質のハンバーガーとオクタポンドの水。
長距離移動の際の携行食料としては、まあましな方だ。
バクテリアの力を借りて石油から作られる合成ビーフは、
数千年間変わる事の無い人間の味覚をとりあえずは満足させてくれるし、
なまじな天然素材と違って汚染の心配も無い。
本当に最悪なのはパインブリッジのような都市でも貧民達に配給されることのある、
昔の軍隊のものと言われる「Sレーション」と呼ばれる奴だ。

   四角い緑色のプレート状。厚さ7mm、10cm×10cm。原料不明、栄養満点。
ただし味のほうはボール紙よりはほんの少し上といった所。
グレッグも口にした事はあるが、稼ぐ力がある限りは二度とご免だった。

「ジェインの手料理は最高だったな」グレッグは呟いた。
ハンバーガーのもさもさしたバンズの最後の一片をオクタポンドの水で流し込む。
ボトルには未だ3分の1程残っているが、それは操縦席の後のラックに収めた。飲料水は貴重なのだ。

 砂漠はこの辺りまで北へ来るとようやく表情を変えて、まばらな草なども所々に見ることができる。
こうした小休止の後はハッチを閉めて操縦席に戻る前に、いつも周囲を360度見廻すのが習慣になっていた。
それで危ういところを助かった事なども一度ならず有る。
「360度監視、異常無し。ファブニール発・・・」 自分に言い聞かせるように確認したそのとき、どこかでかすかな砲声が響いた。
グレッグの眼が猫の瞳孔のように細くなる。
もう一発。ひどく遠くだ。こんな開けた地形でなければ聞き逃していたに違いない。
一度おろした双眼鏡をもう一度覗きこむ。
4時の方向にそれはいた。
「間違いない。AT(自動戦車)だ」
かなり大型の車輌を追う、やや小さな戦車の姿。時折、甲高い砲声を響かせて、
大型車を狙い撃っているのが見て取れる。
側面に廻りこもうと蛇行するような動きはAT独特の見間違えようの無いパターンだ。
それにしても何という速さか。
先行する大型の装輪車輌はかなりのスピードを出している筈なのだが後の戦車は離されることもなくついて行く。
あんなスピードで走る戦車をグレッグは見たことがない。
「誰か知らんが助けてやらなきゃあな」
イグニション・キーをひねると未だ冷え切っていなかったファブニールのエンジンはすぐに低い鼓動を響かせ始める。

「なんてこった、アルバトロス号じゃないか」
追われている方の車輌の見なれたシルエットを視認したそのとき、グレッグは思わず息を呑んだ。
全長13m、全高4mの巨体に、最大60mm厚の装甲を施した大型の長距離バス。
それはグレッグの古い友人、「運び屋」アンディーの愛車なのだ。

通信機のスイッチを入れ、ハンター専用の同期回線を開いた。
敵による通信傍受を防ぐため、一度通信が繋がった後は通信機の内臓プログラムに従って、
互いの周波数を同期させたまま絶えず変更しつづける仕組みだ。
 込み合ったフロアの上をいっぱいに使って旋転しながらペアで踊る大昔のダンスになぞらえて、
ハンターたちの間では「フォックストロット回線」とも呼ばれている。

「こちらモンスターハンター、グレッグ・マイヤー。アルバトロス号、応答せよ」
ややあって、グレッグの通信機のヘッドセットに雑音混じりながら聞きなれた声が、飛び込んできた。
「こちらアルバトロス。グレッグなのか?どこにいるんだ?」
「そちらからだと9時の方向だ。距離750」
ヘッドセットから安堵のため息が聞こえた。
「・・・よく来てくれた」
「たまたまだ。それより無事なのか?アンディー。あれは何だ?」
「あまり無事とは言いがたいな。側面に一発食らって、車体の破片が太腿に刺さってるんだ。
 そんなに長くは保たないぜ、俺も、こいつも」
事態は急を要するな、とグレッグは思った。アンディーの説明が続く。
「あれを見るのは始めてだが、たぶん海岸地方のハンターたちが『地獄猫戦車』と呼んでる奴だ。
 主砲は中口径でたいしたことないが、とにかく速い。朝からずっと追われてるんだ。しつこい奴だぜ」
「よし、助けてやるぞ。アンディー、お前のアルバトロスには確かご自慢の広域地形照合センサーが付いていたよな?」
「ああ。それがどうした?」
「この辺りにどこか、くぼんだ地形はないか?この戦車が隠れられるくらいの」
「どういう事だ?」
「俺のファブニール、この戦車の事だが、まだ砲塔も操縦系も自動化していない。
 だから、その敵戦車をやるには待ち伏せするしかないんだ。ぎりぎりまで引き付けて主砲で迎え撃つ。
 チャンスは多分一度っきりだな」
「ひでえ話だ」
アンディーのヤケになったような笑い声がした。

「よし、あったぜ。こっちからだと10時の方向、3000だ」
「判った。もう少しだけそのまま時間を稼いでくれ、準備でき次第連絡する」
ファブニールは一旦接近しつつあった2輌に再び背を向けるように離れていく。

 アンディーはハンター仲間に思われているほどには、勘と幸運だけに助けられている男ではない。
不測の事態に対応するだけの準備は決して怠らない、慎重な一面も持っている。
広域地形照合センサーなどという高度な電子機器を大枚はたいて装備しているのがそのいい例だし、
アルバトロスの屋根の後方に取り付けられた15mmバルカンも、
本来ならば彼の普段の仕事からすれば、強力過ぎるくらいの代物だ。
グレッグにしても、アンディーから学んだ事は数多い。
「うまく行くとすれば、アンディーの用意の良さが呼びこんだ運って所だな」
そう呟きながらグレッグは窪地を探す。早くしなければアンディーを失いかねない。

やがてその窪地が姿を見せた。丁度いい広さと深さだ。
グレッグはファブニールをその窪地に収めた。砲塔だけが顔を出すような形になる。
「いいぞ、アンディー。こっちへ向かってくれ」ヘッドセットのマイクに叫んだ。
「了解。待ちわびたぜ。そろそろ限界だ」

彼方から砂塵を上げてアルバトロスが「地獄猫」を連れてくる。
「よしアンディー、奴との距離を500まで縮めろ。合図したらシフトダウンして、
 右へ90度ターン、その後全速力で離脱だ」
「マジかよ。左の太腿をやられてるんだぜ、俺は。今どうやってシフトチェンジしてると思う?」
「さあ?」グレッグは照準器の距離メーターを調節しながら答えた。
「アクセルを急に踏み込むと、回転が上がって遠心力でクラッチが切れるだろ、
 その時に回転数に合わせたギアに・・・」
「なるほど。大した腕だな、戦車じゃあそうはいかん。流石だ」
「ひとごとだと思いやがって」笑い声が帰ってくる。
あの陽気さもあいつの強みだ、とグレッグは微笑んだ。これならきっと勝てる。

照準器の中のアルバトロスが次第に大きく膨れ上がる。
よし、今だ。
「アンディー!ターンだ!!」
横転しそうになりながらもアルバトロスが右へターンしていく。
「地獄猫」の四角張ったシルエットの砲塔がグレッグの眼を射た。

「ファイアー!」
ファブニールの主砲が咆哮を上げ、発射された高速徹甲弾が「地獄猫」の正面装甲を撃ちぬいた。
車体が一瞬ぐらつき、煙が上がる。
だが、「地獄猫戦車」は止まらない。
よろよろと速度を落として恨めしげにファブニールの方へ砲口を向けたまま後退していき、
不意に反転して速度を上げるとその場を離れて行った。

危険はひとまず去った。アンディーを手当てしなければ。
「アンディー、大丈夫か。今からそっちへ行く」
「猫ちゃんはどうした?」猫ちゃんか。アンディーらしい能天気さだな。

「命中したが、逃げられた。とりあえずは一安心だ」
「了解。言い忘れてたが、ご婦人のお客さん方がいるんだ」
「ほう?」
「彼女達もあんたに会いたいとさ」
了解、ひとつ正義の騎士の登場といくか。そんな冗談を言いながら通信を切った。
砂煙を上げながらアルバトロスとの合流点へと向かう。
グレッグは絶えず砲塔の上のペリスコープにつながったカメラの映像を睨み続けた。
 勝利の後の気の緩みが元で、何でもないようなモンスターの犠牲になったハンターも多いのだ。

 操縦席のそばに地獄猫の主砲を受けて痛々しい姿になったアルバトロスの傍らに、
ファブニールはその車体を停めてうずくまった。

 車体前部のハッチを開けて降りると、白いツナギを着込んだ小柄な見なれない人影が
グレッグのほうに近づいてくる。
 15、6歳くらいの少年のようだが、胸の辺りが膨らんでいるところから察して、
アンディーの話していた女性客の一人だろう。
頭にかぶったサンバイザーから、まとまりの悪い短い金髪がはみ出していた。
 色白の顔を紅潮させて、大きな緑色の瞳でこちらを睨んでいる。

「先ほどの作戦を立案したのはあなたですか?」
つかつかとグレッグの前まで歩いて来ると少女はそう聞いた。
「そうだ」
「ひとでなし!」
 バシッ。
目のまえを肌色の物体がかすめ、左頬に衝撃を受けてグレッグは右上を向く格好になった。
何がおきたのか解らずに正面へ向き直ると、右腕を振り抜いたまま、
怒りの表情で肩を震わせグレッグを見上げるその少女がいた。
 左頬がひどく痛んだ。小柄な割にかなりの力だ。
とっくに涸れ果てたはずの涙が、じわりと涙腺にあふれてくる。反射作用ばかりは如何ともしがたい。
たたみ掛けるように少女がまくし立てた。
「あなたのあの戦車なら、地獄猫を威嚇射撃で追い払うくらいの事は簡単でしょう?
 アンドリューさんは負傷していたのよ、それをあなたはおびき寄せに使って、
 彼だけではなく私達二人も危険にさらした。いったい何様のつもり?
 そんなにしてまでモンスター退治のギャラが欲しい?
 それとも待ち伏せしなけりゃ当てられないほど射撃が下手ってわけ?」
アンディーの奴、通信内容を車内に放送してなかったんだな。
そりゃそうだ、普通そんな事をしてわざわざ客を恐慌に陥れるような真似はハンターなら避けるはずさ。
グレッグは溜息をついた。女子供に説明してもわかるまい、俺の事情は個人的な事に過ぎない。
「俺が金を欲しいのは本当の事だ。射撃も確かにあまり得意じゃあない。いつも照準器が頼りで、
 戦車を降りたらショットガンくらいしか使えないんだからな。あんたの言う通りだ。
 あんたと連れを危険に巻き込んだ事はあやまる。だがこれだけは理解してくれ。
 俺とアンディーは長年の親友なんだ。決して好きであんな作戦を立てたわけじゃない」
少女は答えずにアルバトロス号の方へと歩き出した。
そして背中を向けたまま言った。
「・・・アンドリューさんはママが手当てしています。行きましょう」

 アルバトロスの旅客用キャビンは、急ごしらえの処置室となっていた。
カーテンの奥からアンディーのうめき声がする。
カーテンの隙間から、怪我人の足元に切り裂かれたジーンズが放り出されているのが見える。
「今縫合中だからそこから先へ入ってこないで。滅菌してあるんですから」
「よう、アンディー。楽しそうだな」
「グレッグか、助けてくれ。この先生、麻酔もなしでザクザクだぜ。回復カプセルも使わせてくれん」
「当たり前でしょう。3cmもの長さの金属片が入ったままで治癒したら、どうなると思うの?
 お酒のせいで麻酔なんて効かないしね。さあ、あと二針で終わりだから、動かないで」
かなり気の強い女性らしいな、とグレッグは看て取った。
まあ、あの娘の母親なら仕方有るまい。
「俺用に積んであった酒の残りも全部消毒に使われちまった」
「そりゃあいっそ賢明だったな。ところでアンディー、パンツは何日前に替えた?」
「問題はそこだ、この先生いきなりハサミで俺のLEEをバツバツだぜ。
 痛えっ!パインブリッジまではパンツいっちょうで運転しなきゃならん」
縫合が終わり、太腿を包帯で巻かれて出てきたアンディーにグレッグが意地悪くパンツの件を再度聞くと、
アンディーは情けない顔で答えた。
「四日前だ」

「もう一本くべるか」
「そうだな」
枯れた粗朶を火がなめ上げ、火勢が少し強まった。
燃え尽きた木の上に新しい粗朶がくべられると崩れて小さく火の粉を巻き上げる。
 その夜、四人は車外で焚き火を囲んで食事を摂った。日が落ちると砂漠は急に冷え込む。
アンディーは腰の周りに毛布を巻きつけた情けない格好で、湯に溶いた固形スープをすすっていた。
少女はグレッグのほうを見向きもしない。
「パインブリッジに着いたら、まず俺の代わりにジーンズを買って来てくれよ。サイズを教えるからさ。
 街中をこの格好で歩き回るわけには行かんからな」
「楽しみにしてたんだがな」
「相変わらず意地が悪いな、グレッグ。それでよくジェインがなびいたもんだ」
「あいつは世慣れない女だったからな。普通に優しくしてやらないと駄目だった」
「アリサには随分嫌われてるようだな」唐突にアンディーはそう言った。
「アリサ?」グレッグが鸚鵡返しに聞き返す。
「驚いたな、自己紹介も済ませてないのか。アリサ・スチュアート、その子の名前だ。
 アリサ、こいつはグレッグだ。ひねくれ者だが悪い奴じゃない。仲良くしてくれ」
アリサと呼ばれた少女は横を向いたままだった。
「アリサ、いい加減にしなさい。グレッグさんはベストを尽くしたのよ」
母親であるらしいもう一人の乗客、先ほどの女医がアリサをたしなめた。
「あれでベスト?」少女がグレッグを不信の目で睨む。
「ははあ、教えてないんだな、グレッグ。プライドが高くてええ格好しいのお前らしいよ」
アンディーがグレッグとアリサを交互に見比べて笑った。
「何でグレッグがあんな戦い方をせざるをえなかったか、教えよう」
「止せよ、アンディー」余計な事だ、とグレッグは思った。
「グレッグの戦車は砲塔を自動化してない。走行系もだ。大砲を撃つには足を停めて、
 奴が砲塔に上がるしかなかった」 
瞬間、少女の顔にさっと影がさした。グレッグを張り飛ばした右手にちらりと目を落として、そのままうなだれる。
「・・・ごめんなさい」消え入りそうな声で言った。
「そんなハンデを負って戦ってたなんて、知らなかった」
「同情なんぞ要らん」アンディーに借りが出来ちまったな。

「・・・私、アリサ・スチュアート。いきなりぶった事、許してもらえますか?」
「許さない理由なんてない」右手を差し出す。
「みんな貧乏が悪いのさ。グレッグ・マイヤーだ、よろしくな」


 火が消えかけたのでグレッグはもう二本、粗朶を追加した。
何気なく女医の方を見る。40代に入ったあたり。娘とは似ない茶色の髪と目の色。
やや面長の、整った知的な容貌だ。
サマンサ・リー・スチュアート。女医はそう名乗った。東部のずっと遠くの町で医学研究に携わっていたと言う。
パインブリッジより北の大きな都市で開業するために、アンディーの車をチャーターしたという話だった。
何か裏がありそうだぞ、とグレッグの勘が告げている。
だが、それが何なのかはまだはっきりしない。
とにかく、この時代にあれだけの縫合の腕を見せる医師となれば、ただ者である筈はなかった。

「アンディーの傷はどのくらいかかりますか?」
「2週間と言ったところだけど、カプセルも有るから、もっと早いわね」
横合いからアンディーが加わってくる。
「カプセルといえば、先生から面白い話を聞いたぜ、グレッグ」
「何だ?」アンディーのほうへ向き直った。
「サイバネティックっているだろ?生き物の体に機銃とか大砲とかのくっついた変な奴」
「ああ。ロードガンナーなんかがそうだっけな」
「何であんな生き物が生まれたか、知ってるか?
 回復カプセルやソルジャー連中が時々受けてるサイバネティック手術に使う、ナノマシンってのがあるだろ。
 開発の初期に廃棄された大量の不良品の中には、接触した機械をコピーする能力や、
 生物の遺伝情報を読みとって再生を助けたり複製を作ったりする能力を持った物がいたんだと。
 そんなのが何種類か集まって、群体を形成するようになった」
「それで?」妙に続きが気にかかる。
「見たことがあるだろう?DNAブロブとか言う奴。あれがそのなれの果てなんだとさ。
 気をつけろよ、食われたら『グレッグガン』とかそんなイヤなモンスターがはびこる事になるかもな」
何ともぞっとしない話だ。
「じゃあ『バルカンディー』とかも有りだな」
「うひゃあ」
何にしても回復カプセルにそんな親戚がいたとは初耳だ。
グレッグは思わずこれまで飲みこんだカプセルの数を数えたいような不安に駆られた。
 スチュアート医師はといえば、話の途中から自分の考え事に耽っていたらしく、思案顔だ。
ひょっとしたら何かそのたぐいのヤバい研究に手を染めて、
以前いた都市にいられなくなったのではないかという気がした。

食事が終わって夜もふけると、グレッグは一人ファブニールの操縦席で寝た。
夢の中でブロブに取り憑かれて「グレグニール」になったが、夢を見ている間はどうと言う事もなかった。
むしろ、自分の手足のように走り回って主砲を撃つファブニールに、ひどく満足だった。

 翌朝。
グレッグはファブニールのハッチから這い出して、車体の陰で吐いていた。
「何て夢を見ちまったんだ」目覚めてすっきりした頭にはそれは悪夢でしかない。
日の光の下では、人は昏い妄想には安住できないのだ。
夢の中でファブニールの車体に溶けこんでいた腕が、
まだそこにはっきりした形で実在している事を確かめるように両手をこすり合わせていると、後から声がした。
「グレッグさん、おはようございます」
アリサ・スチュアートだった。
「さん付けも要らない。おはよう、出発かい?」
「ええ、アルバトロスはママが操縦します。アンドリュー・・・」
「あいつもアンディーでいいぜ」
「・・・アンディーさんは当分、操縦出来ませんから」
アンディーの奴、運賃を値切られそうだな、とグレッグは苦笑した。
今ごろは相変わらず毛布を腰に巻いて、各種機器の使い方を説明している事だろう。
「よし、出発しよう。アルバトロスが先行してくれるよう、お袋さんに伝えてくれ」
歩み去る後姿に、グレッグは行方知れずの娘リサの姿を重ねて見てしまう。
アリサ。名前も似ている。あと10年も経てばあんな背格好の美しい娘に育った筈だ。
胸をかきむしられる思いだった。

二台の車は再び砂煙を巻き上げて「ロング・シックス」を目指した。
アルバトロスの後方50m程を、ファブニールが追走する。
ニューサウスキャニオンをまたぐ、その巨大な橋梁まで2kmまでさしかかったとき、
ファブニールの車体後部に着弾の衝撃が伝わった。少し遅れて、くぐもった発射音。
ペリスコープを後へ向ける。
「地獄猫だ」グレッグはうめいた。
斜め後方1500。戦車とは思えない高速でファブニールの側面へ廻りこみを始める四角張った砲塔のAT。
「スチュアート先生。やっぱり来たぜ、『地獄猫』だ。俺がここで牽制するから、
 アルバトロスは先に橋を渡ってくれ」
「わかりました、気をつけて。えっ?何、ちょっと!?」
混乱した気配の後、静かな声がヘッドセットから流れ出した。
「すみません、アリサがそっちへ行きました。お願いします」
「何だと!!」グレッグの声は悲鳴に近かった。

ハッチを開けてアルバトロスのほうを見ると、こちらへ駆けてくる白いツナギが視界に飛び込んできた。
アリサだ。なかなかの俊足だった。
側面から撃ちかけてくる「地獄猫」の火線に対してファブニールを斜めに位置させるように旋回しながら、
グレッグはやっとの事でハッチから飛び込んでくるアリサを抱きとめた。
「馬鹿野郎!何のつもりだ」
「お願い、私にこの戦車を操縦させて」真顔でそう言った。
「・・・本気か?」
「昨日のお詫びをしたいの。戦車の操縦は習った事があるわ。グレッグ、あなたは射撃に専念して。
 二人で動かせば機動戦が出来る」
「そううまく行けばいいがな」
操縦席の後から掻き口説くアリサにグレッグは半信半疑だったが、自分のヘッドセットをはずしてアリサに手渡した。
「やってみるか。これを着けろ、車内通話に必要だ。俺は砲塔に上がる」
操縦席からアリサが叫んだ。
「きっと勝てるわ」

 砲塔に上がって砲手用のヘッドセットを着けなおす。ファブニールはもう巡航速度に達していた。
「地獄猫」は700mくらいの所ををうろうろしている。
「アリサ、増速しろ。奴の頭を押さえる。アルバトロスに近づけるな」
「了解」
小娘の余技と決め込んでいたグレッグだが、内心舌を巻いている。
アリサの操縦は巧いし、的確だ。旋回の半径も最小限で、角度もどんぴしゃりだった。
グレッグ自身より巧いかもしれない。少しシャクだったが、その分砲撃もうまく行く筈だ。
「砲塔6時。『地獄猫』との相対速度を保て。よし、上手いぞ」
第一射。だが「地獄猫」は急ブレーキと超信地旋回を組み合わせた巧みな動きで、
グレッグの必殺の偏差射撃をかわした。
「くそっ、何て奴だ。あのままの速度で走ってれば絶対当たってた」
「一度戦ってるのよ、こちらの癖も読まれてるのかも。発射タイミングとか、照準の調整時間とか」
「なるほど、あまり考えたくはないが高度なプログラムを積んだCPユニットなら、ありえん事じゃないな」
だとすると長時間になるほど、何度も砲撃するほど、こちらが不利になるという事だ。
どうするか。思いつく答えはひとつだ。グレッグは通信機のフォックストロット回線を開いた。

「スチュアート先生、橋には着いたか?」
「あと少しよ」上出来だ。
「橋を渡りきったら連絡をくれ」
「了解、アリサは?」
「無事だ。たいしたもんだよ、あんたの娘は。どこであんな操縦技術を覚えたんだ?」
「いつか話すわ」

グレッグはヘッドセットを通じてアリサに説明した。
「結局、待ち伏せしかない。だが昨日のようなやり方じゃ避けられてしまうだろう。
 どうしてもあいつが直進しつづけるしかないようにしてやるんだ」
「・・・橋を渡らせるのね?」
「察しがいいな。そういう事だ。だが橋も壊しちまったら俺も身の破滅だ。相当に、」
続く台詞は打ち合わせたように二人同時だった。
「危ない橋を渡る事になる」
ファブニールの車内に二人の笑い声が響いた。

 とりあえず、「地獄猫」はファブニールを当面の目標にしたらしい。
時々主砲で撃ち掛けつつ、こちらの主砲を警戒してか一定距離を保って追いすがってくる。
「頭のいい奴だ。だがそれが敗因になる」
ヘッドセットにスチュアート医師の声が飛び込んできた。
「こちらアルバトロス。『ロング・シックス』を通過完了」
「了解、後は任せろ」
さあて、ここからが本番だ。
「ねえ、グレッグ」アリサが話しかけてきた。
「何だ?」
「最初に戦ったとき、どうして倒せなかったのかしら」
「いい質問だ。俺もそいつが気になっていた。何故かな」
「アルバトロスを降りて走ってる時、丁度あいつが小さな斜面を降りるのを見たのよ。
 砲塔がオープントップだったわ。人影のようなものがその中に見えたの」
「いい目をしてるんだな、1kmはあった筈だぞ。
 しかし、もしそうなら奴のコントロールシステムは砲塔の中かもしれん。それなら何とか納得がいく」
「砲塔を榴弾で狙ってみたらどうかしら」成る程、とグレッグは顎に手を当てた。
橋に傷をつける恐れもあったが、交戦が長引くよりいいかもしれない。

ファブニールは最大戦速で走りつづけた。オーバーヒート寸前だ。
ようやく橋に辿り着くと、ラジエーターの水温は限界近くまで上昇していた。
「よく保ったもんだ」180度ターンして後部から橋に入っていく。
高さ50mの橋の上から谷底を見ると目もくらまんばかりだった。
落ちたら最後、戦車ごと地獄行きだ。遺体を引き上げる事でさえ難しいだろう。
「よし、そのままゆっくりだ。橋から落ちるなよ」
橋の中ほどまで来た時、「地獄猫」が橋のたもとに現れた。
目の前の地形に戸惑ったように、小さく行きつ戻りつを繰り返す。
「よし、増速しろ。奴を振り切ると見せる。ただし慎重にやれよ」
「私だって、落ちるのはイヤだわ」アリサが笑った。
さあ来い、「地獄猫戦車」。お前の獲物だ。
来なけりゃ、俺は逃げちまうぞ。
どんな理由でお前が戦ってるか解らんが、まっすぐバックする事しか出来ない敵を、取り逃がす気はないんだろう?
グレッグは口の中で小さくささやきつづけた。相手に聞こえるわけもないが、そうしていたい気分だった。
「来いよ、猫ちゃん」
口に出してそう言った時、「地獄猫」はしびれを切らしたようにファブニールの後を追って橋を渡り始めた。

そして、ファブニールが炎を吐いた。
主砲から放たれた88mm榴弾が「地獄猫戦車」の砲塔上部を包むように炸裂し、「地獄猫」はついに息絶えた。
「ロング・シックス」の橋梁上に砲塔内の可燃性物質が燃える煙がしばらくの間、黒くたなびきつづけていた。


アルバトロス号の客室では、アンディーが太腿の包帯を取り替えられていた。
「よう、首尾はどうだ?」
「あのままじゃ橋が通れないからな、こっち側まで牽引してきた」
「それで?」
「ハンターの亡霊だったのさ、あいつは」
 地獄猫の砲塔には黒焦げのミイラが乗っていた。装備しているものの形式からすると、
少なくとも20年以上前のハンターの亡骸だ。
多分どこかの村か町を守って戦っているときに、傷を負って死んだのだろう。

「CPユニットに、ごく短いプログラムが書きこまれた形跡があった。
 近くを通る、一定以上の大きさの物を撃破するように仕組まれたものだったらしい。
 その命令を守って、今まで動き続けて来たんだろうな」
「執念かね」
「そんなとこだな」
「で、どうする?」アンディーが尋ねたが、その答えは既に用意してあった。
「通信機が無傷だったからな、バッテリーを取り替えて、フォックストロット回線をセットしてきた。
 アリサが殆どやってくれたよ」スチュアート医師に向かって肩をすくめて言った。
「全く、たいした娘さんだ」

 パインブリッジに向かってアルバトロスとともに走るファブニールの中で、グレッグはひどく感傷的な気分だった。
あれは俺だ。俺自身の姿だ。終わりの無い戦いに、衰え行く体に鞭打ち挑みつづけるハンターのなれの果て。

 戦いに敗れて息絶えるまで、止まる事を許されない鉄の獣。
それは、そのままグレッグとファブニールの姿だった。

   だが、「地獄猫」は程なく新たな旅の始まりを迎えるだろう。
グレッグはハンター達に手付かずの戦車が放置されている事を知らせるメッセージを、
通信機にセットしてきたのだから。バッテリーが尽きる一ヶ月後まで、それは虚空へと発信され続ける筈だ。
その事を告げたとき、アンディーは言った。

「かわいい子猫です、可愛がってあげて下さいってとこだな。でも悪党に拾われたらどうするんだ?」
グレッグは片目をつぶって答えた。
「そんな事は元の飼い主が許さないさ。今でも一緒にいるんだからな」

誰も取りに来なければ、「地獄猫」はあのハンターの墓標となって朽ち果てるのだ。
ハンターにとってこれ以上の弔いは無い。
だが、そんな感傷を吹き飛ばすように砲塔の上から、
すっかりファブニールがお気に召したらしいアリサの叫び声がした。

「見えたわ、パインブリッジよ!」
ファブニールのエンジンが歌う声が、それに答えて高らかなものに変わっていった。



琥月の感想

バランスさんの小説、「ネメシスの動輪」の第2話が送られてきました。

ジェインとリサを失った悲しみの中、
その仇であるデュランにたどりつけないもどかしさに憂鬱になるグレッグ。
そんなときに起こったアンディーの危機、そこで思わぬアリサ達との出会い。
ついにヒロインの登場ですかね!(^^;
年が離れすぎてるのはしょうがないんでしょうねぇ。(ぉ
彼女の母、サマンサもなんかありそうですし・・・
続きが楽しみですね。
バランスさん、ありがとうございました。m(_ _)m

あと、これもバランスさんから来た小説を手直ししています。
僕の判断で改行をして、誤字、脱字であろうというものを変更しています。
行間については元の通りにしたつもりです。
改行についてはどうしていいのかわからなかったので、やり直せと言われれば直します。(^^;

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