第3話 - 銀 幕 - Cパート

作:バランスさん



腹ばいに伏せた肘に、地面から半分ほど顔を出した石塊が当たっている。

 普通は痛むはずだ。だが、今この瞬間においてそれが全く意識に上らないのは奇妙な事と言えた。
戦いを前にした静かな高揚のせいなのか。
 物陰に停めたレンタ7号にはアリサを見張りに残して、グレッグはロックヘッドを見下ろせる崖の上から双眼鏡を使っていた。


ここからはその廃墟がよく見渡せる。発見されないように身を低く潜めていても、
普通の町の一ブロック分ほどの、崩れたコンクリート製建築物の塊がほぼ余す所無く双眼鏡の視界に収まった。
多分ホワイトリバー上流の「死せる都市」と同時代の物だろう。
 足場が悪くてスカベンジャー達も手が出せなかったのだろうか、
建物の所々にはアルミ製の窓枠がガラスを嵌めこまれたままで、もはや存在しない部屋を吹き荒ぶ風から空しく守っている。

 鉱石からの精錬技術が失われた現在、アルミニウムは貴重な金属のひとつだ。
錆びず、軽量で、加工しやすくそこそこに丈夫な灰色の金物。
偵察用の軽戦車や装甲車のボディに使われている事も多い。
このロックヘッドや「死せる都市」のことが知られるようになったのも、
アルミを求めて多くのスカベンジャーやハンターが入りこみ、そしてそのうち何割かが帰ってこなかったからだ。

そう。こうした廃墟には、AT(自動戦車)を除いた様々な種類のモンスター達が巣食っているものなのだ。
にもかかわらずここを依頼者との合流地点として野営しているヴォネガットは、
「黒」と言えどもやはり並大抵のハンターでないことは明らかだ。

 敵は少なくとも3人。数の上の不利は戦術で補うしかない。
しかも、グレッグはサマンサの救出も成し遂げなければならないのだ。綿密な偵察が何にも増して必要だった。
 今この岩場からは、ヴォネガット達のゲパルトが、瓦礫の間の周囲が開けた場所に駐車しているのが見える。
「・・・いや、停車だな。」グレッグは呟いた。
ゲパルトの砲塔後部のレーダーがゆっくりと回転している。誰かが乗車して周囲を警戒しているのに違いない。
乗員3人のうち少なくとも1人が、だ。
(俺が奴らの立場だったらどのような布陣を敷くかな?)
グレッグは自問自答してみた。
 ヴォネガット達が依頼者と合流するまで今からほぼ30時間。
夜を待って忍び寄り、ゲパルトを無力化できればグレッグにも勝機がある。
それは向こうも解っている筈だ。夜の間こそは、グレッグ達との接触に備えて彼らは休まないはずだった。

ならば今現在、この昼間の間に彼らは交代で休む可能性が高いと思える。
「問題は、奴らがロックヘッドのどの辺りにサマンサを監禁しているかだが・・・」
交代の際にゲパルトを空にするようなヘマは彼らはするまい。とすれば監禁場所はゲパルトからごく近い場所だ。
見た感じ、ゲパルトの駐車位置から20mほどの所にある、途中5階ほどの高さでへし折れたビルの残った下半分が、
いかにも隠れるのに都合がよさそうだった。
(恐らくあそこだろうな。おや、あれはなんだ?)

 双眼鏡の視界に入った物は、ゲパルトの周囲何箇所かの高い建造物の上に設置された簡易レーダーのアンテナだった。
用心深いハンターの何人かが、野営の際などに使って居るのを見たことがある。
さほどの能力は無いが、単一のレーダーでカバーできない地形においては、それなりに有効な物だ。
「万全の備えと言うわけだな。」グレッグは苦笑した。
おかしな話だが敵の周到さがかえってグレッグに作戦のヒントを与えてくれたのだ。
 古傷を抱えた右膝をかばいながら、グレッグは下で待つアリサの方へと崖の裏手の急斜面にそって滑り降りて行った。

         * * * * * * * *

   アントノビッチはコンソールのスイッチを切り替えた。
急場に作りつけたシステムだから、ゲパルト本来のレーダー画像との切り替えは手動だ。

交代まであと3時間。
それまでの間3分おきに、設置した簡易レーダーと車載の広域監視レーダーとを切り替えつづける。
「俺のハインリッヒをこんな使い方させやがって。」アントノビッチは毒づいた。
このゲパルト=ハインリッヒは明らかにヴォネガットの所有物だが、購入以来2ヶ月の間、
行き届いた綿密なメンテナンスで最高の状態を保っているのは、彼の仕事の結果だ。

 チリ一つ無く磨かれた射撃統制装置のコンソール。
大破壊前の精緻な電子技術の産物たる、究極の芸術品。
この砲塔は彼の城だった。
35mm機関砲と言えば、頭の古いハンター達は大概が鼻で笑って相手にもしない。
それはそうだ、もともとが対空用で、本来は対装甲用の武装ではないのだから。
だが、このハインリッヒは対地攻撃用に連射速度を押さえ、強装薬の翼安定式徹甲弾を発射するようにチューンを施してある。
機動力を生かして側面に肉迫し連射を叩き込めば、たとえ目下の仮想敵、
グレッグ・マイヤーの「ファブニール」といえども持ちこたえられはすまい。

 化け物みたいな装甲だけが取り柄の旧時代の遺物になど、遅れはとらない。
そう自負している。
 専属のメカニックとしてヴォネガットに付いて数年になるが、車を愛する事にかけては彼の方が、
あの男装趣味のわがまま娘よりは上を行っている、そう思っているからこそ「俺のハインリッヒ」という言葉も出てくるというものだ。


 突然、スコープの画面が死んだ。一瞬後にくぐもった爆発音。死んだのはビルの上に設置した簡易レーダーの方だ。
本体の広域監視レーダーに切り替えたがそれらしい反応は無い。生身で来たのか、あるいはレーダーの死角か?

アンテナの設置位置から考えて、死角に入っていた車輛が居るとは考えにくい。
 ヘッドセットのスイッチを入れて、仮眠をかねて待機中の筈のソルジャー、ブロンスキーを呼び出す。
「敵襲だ、馬鹿が仕掛けてきたらしい。お迎えにいってやりな。」
「ああ、爆発煙が見えた。40mmグレネードじゃないのかな。
・・・待て、バギーがいる!乗っけてくれ、追うぞ!」
対地用のカメラセンサーにも走り去るバギーが映っている。アントノビッチは半自動操縦モードに操縦系を切り替えた。
(陽動じゃないのかな?)そんな疑念が頭をかすめるが、マイヤーが一匹狼である事は確認済みなのだ。
相棒とおぼしい運び屋は目下のところ怪我人だし、さらってきた女科学者の娘は、どう見てもただの小娘の筈だ。
戦力を分散できるとは考えられない。

 いかつい体つきをしたソルジャーはもう、ハインリッヒの車体の上だ。
 砲塔の追尾した方向へ車体を向けて走る半自動モードでは、さすがにヴォネガット本人の操縦には遠く及ばないが、
それでもあの程度の速度で走るバギーくらい、追うのはわけもないはずだ。

         * * * * * * * *

「アリサ、上手くやれよ。」
双眼鏡でゲパルトの離脱を確認しながらグレッグは呟いた。
 遺失物ロッカーから借りてきた、擲弾筒付きアサルトライフルの40mm榴弾は、あと三発ある。
これとライフル本体の5,56mm弾が100発。それに、アリサに貸してあったリボルバー。
何とか戦えるだろう。無論戦わずにすめばその方が良いが。

 ショットガンと対戦車ロケットはアリサが持っていった。
彼女には一時間の間、ゲパルトを引っ張りまわして来いと指示してある。
その間にサマンサを救出し、先ほどの崖の下で合流する予定だった。

   あの爺さんには悪いことをしたが、燃料集積所に寄ったのは正解だったようだ。
燃料に余裕がなければこの作戦は立てられなかった。
 だが、本来対空戦車として航空機に対抗できるように造られたゲパルトに対し、バギー一台でどこまで渡り合えるものか。
いくら操縦が上手くても、アリサは所詮ハンターではない。娘と言っても良いような年頃の少女を、
母親の奪回のためとはいえそんな危険にさらす事など、本来ならば問題外だ。
結局、自分可愛さと復讐への執着が自らにそれを許してしまっているのか。
「俺はやっぱり、人でなしかもしれないな。」
自嘲気味に呟いて、周囲に警戒しながらビルへと向かう。

 もしかしたら、燃料集積所でアリサの不気味な一面を垣間見た事も、
意識しないうちに彼女を自分から遠ざけるように仕向けているのかも知れなかった。
だとしたらなおの事、グレッグは己を恥じずにいられない。
(とにかく博士の救出だ。こいつが上手く行かんことにはどうにもならん。)
ビルの側面の崩れた壁の穴から中へ滑り込む。特にトラップの類はないようだ。

 崩れた瓦礫の山を越えて床に降り立ったとき、廊下の奥の暗がりに大きな長い物がすべるように音もなく動いた。
全長5m程の、蛇のようなフォルム。
それがグレッグめがけて鎌首をもたげる。次の瞬間空気が震え、爆ぜた。

 とっさの判断で辛うじて身をひねり、直撃をかわした。右膝が悲鳴を上げる。
背後のコンクリート壁が1m径、深さ10cmほどの穴を穿たれて崩れた。
「ソニックコブラか!」
首の下、一杯に広げたカサの部分に強力な超音波発生器官を備えた、蛇型のモンスター。
華奢な造りの物なら、車でさえ搭載パーツや時には車体そのものを破壊される事がある。
ぺトラ辺りで出会うようなモンスターとは、較べものにもならない程の危険な相手だ。
「ここにトラップが無いのは、こいつがいるからって事か!」
銃声を立てたくはなかったが仕方がない。グレッグは蛇にアサルトライフルの銃口を向けた。
三点射。

 だが既にその地点に蛇は居なかった。
「糞っ!」
辺りを見廻しつつライフルのセレクター・スィッチをフルオートに切りかえる。
次は外せない。

瓦礫がコトリと音を立てる。蛇はそこにいた。
大柄な体にそぐわないすばやい動きで、グレッグの左側面に廻りこみ、距離を詰めてくる。
再び空気が震える。円錐形に密度変化した空気の塊の、形まで見えたような気がした。

 渾身のジャンプ。
体がほぼ床と水平になるような姿勢で跳び上がる。そのまま空中で一連射、
今度はソニックコブラの頭部からカサの辺りまでを消し飛ばした。
 受け身を取れずに右肩から床へ叩きつけられる。衝撃が右半身を揺さぶり、肝臓と膝を走り抜ける。
呼吸が一瞬止まりかけた。
若い頃でもこんな無茶な動作を自分に強いた事はない。
 脇の壁に手をついて立ちあがった。内臓が悲鳴を上げているのがわかる。
のどの奥からこみ上げてくる唾液とも胃液ともつかない粘液が、俯いた口元から滴り落ちた。

 今の銃声はヴォネガットにも聞こえた筈だ。
「急がなけりゃあな。」右足を引きずりながら奥へ向かった。情けなくて涙が出る。
右足の古傷があるとはいえ、背負った装備の重さと先ほどの転倒のダメージで、もうへとへとだ。
 なまったものだ。もっと若い頃ならこんな事は何でもなかった。
 引退していた5年の間、村の周りのパトロール程度で事足れりとしていたのが悔やまれる。
あの辺りに居た程度のモンスターなら、何もバギーを持ち出すほどの事も無かったのだ。
こんな事で本当にデュランの一党を相手取って、ジェインの仇を討つことが出来るのか。

馬鹿な。
何を弱音を吐いている、車さえあれば俺は大抵の事はやってのけてきた。
 俺はハンターだ。鋼鉄の装甲を身にまとい、鉄の車輪で大地を駆ける、炎の長槍で武装した騎士。
徒歩でソルジャーと同じように戦える必要など無い筈だ。

「そうとも!俺はハンターだ!」
通算三つ目のドアを、蹴り開けながら吐き出すように叫ぶのと同時に、
部屋の中央からドアに向けられた大型ライトの強力な光がグレッグの視界を奪った。

 とっさに身を伏せる。銃声が一発響いたが、それは一瞬前までグレッグが立っていた辺りをかすめたようだ。
徐々に目が光に慣れ、ライトの向こうに二つの人影が浮かび上がった。
手足を拘束されて床に転がされた女と、手にした大型拳銃をこちらに向けた人物。
床に転がされているのはサマンサ・スチュアートだった。もう一人も女のようだ。
20台半ばと言ったところか。

 男物の、腿周りの細いズボン―大昔の「乗馬ズボン」に似ている―と、
上半身には実用性の疑わしい、真っ赤な合成皮革の短いジャケット。
パインブリッジの駐車場でちらりと見かけた、ゲパルトの乗員の一人のようだった。
ふんわりとカールした細い金髪を、肩までたらしている姿はどこの富豪の娘かと思わせるが、
全身から立ち昇る雰囲気は見間違え様がない―硝煙の匂いだ。

「ふうん。意外と手強いのね。」
女が口を開いた。笑うような口調だが、目は笑ってはいない。鋭い視線でグレッグを見下ろす、その額を汗が伝い落ちた。
この角度からだと、女からは床に伏せたグレッグの身長に対し、実寸の半分以下のシルエットしか狙えない。
対してグレッグからは女の全身を見上げる形で狙うことが出来る。
「ソニックコブラを排除して、ここまで来るとは思ってなかった。」
「なめるな、これでも15年選手だ。」
あとは無言のまま数秒が過ぎる。

「ヴォネガットの愛人か?武器を捨てろ。先生を返してくれれば俺はそれでいい。」
女はキッと不機嫌そうな表情になった。
「こいつめ。床に寝そべって言う事か? それに―」
叫びと拳銃の発射とは同時だった。
「ヴォネガットは私だ!」 寝転んだまま、身体をよじって横へ転がる。当たらない。
ヴォネガットの放った9mm銃弾は、床を削ってどこかへ跳びはねて消えた。
 グレッグはヴォネガットの手を狙ってライフルの引き金を絞った。
ごつい造りの大型拳銃が女の手から跳ね飛ばされ床に転がる。グレッグの射撃の腕からすると奇跡に近い。
 すかさず立ちあがって拳銃を部屋の隅に蹴り飛ばし、腕を押さえてへたり込んだヴォネガットに、
ライフルを突きつけた。殺さずにおいて情報も得られればそれに越した事はない。
「よし。腕を頭の後に組んで、そのまま動くな。」ライフルを向けたまま後すざりにサマンサの方へ寄る。
手首を固定した手錠の鍵を、リボルバーで撃ち抜いた。
ナイフを手渡すと、長時間の拘束でこわばった手を懸命にさすって血行を回復させながら、
サマンサは足首や膝を縛ったロープを切り始めた。
「さてと。あんたの依頼者について話してもらえるかな?」
オフィスの記録では、依頼者の名前はミュンヒハウゼン男爵となっていた。だがどう考えても偽名だろう。
童話の登場人物と同じ名前では、信じろという方が無理というものだ。

ヴォネガットはニヤリと口元をひき歪めて笑った。
「答える必要は無いな、グレッグ・マイヤー。私の部下が帰ってきた。
 聞こえるだろう?あのキャタピラ音が。」
馬鹿な。そう思った。まだ30分ほどしか経っていない筈だ。だが、近づいてくるキャタピラ音は聞き違えようがない。

 時計は?
慌てて覗きこむと、やはり行動開始から35分が過ぎただけだ。
するとアリサは?失敗したのか?

 それは彼女が死んだということとほぼ同義だった。バギーも大破したことだろう。
手痛い敗北だ。だが、まだ終わってはいない。
グレッグは、アリサを死なせたことに対する後悔の念を必死で押し殺した。
顔から血の気が引いているのがバレていない事を今は祈るばかりだ。

「間違えてもらっちゃ困る。あんたの立場は何も変わってないぞ、ヴォネガット。
 そのままビルの外へ出ろ。走ったら撃つ。」
バギーが戻らないとなれば、この際ゲパルトを奪うしかない。
荒野を横断するのには車が必要だ。

ヴォネガットは両手を頭の高さに上げたまま、ゆっくりとグレッグの前1.5m程を歩いていく。キリキリと歯噛みの音がした。
 サマンサは幾分回復したようだった。ときおり手首をさすりながら、グレッグのすぐ斜め後ろをついてきている。
「スチュアート先生、足は大丈夫か?後で多分走る事になるが。」
「何とかね。」
まだアリサのことは話せないな、とグレッグは思った。


玄関まで来たとき、屋外の光をバックに人影が二つ踏みこんできた。
左程広くないエントランスホールの中で、二つのグループが互いに凍りつく。
「隊長と女を返せ。」
ヴォネガットの部下の一人、一目でソルジャーと知れる男が唸った。
「そいつは欲張り過ぎじゃないのか。」グレッグが応じる。
だが無論、ヴォネガットも渡すわけには行かないのだ。
物騒な事に、目の前の男が手にしているのは7.62mmミニガン―6本の銃身を束ねてモーターで回し、
最大で毎分2000発の弾丸を発射する、ミニサイズのバルカン砲だ。普通なら人間が携帯するようなものではない。
人質を手放せば、確実にグレッグを挽き肉にしてくれるだろう。
スチュアート博士も殺してしまって、彼らが困らなければだが。
ソルジャーの後ろからもう一人―サングラスをかけた痩せぎすの、姿勢の悪い男が一歩前へ出た。
「困った立場に追い込んでくれたなあ、マイヤー。俺たちに隊長と任務を両天秤に掛けろという訳か。」
「両天秤だと?」
「その学者先生を確保できない場合は殺せってのも、俺たちが受けた依頼には含まれてるんだよ。
 直接通信でな。むろん隊長を失うのは困るがね。」
「・・・そいつはなかなか、俺には分の悪い話だな。」
「だろ?」
グレッグの首筋を冷や汗が流れた。そうなると彼らのヴォネガットに対する忠誠心だけが、
グレッグとサマンサの生命を繋ぎ止める細い糸になる。
「だから、隊長と学者先生、両方返してくれ。そうすればあんたは武装だけ解除して荒野に放り出してやるよ。
 運がよけりゃあ、お仲間のバギーが拾ってくれるさ。」
「バギーだと!?」
グレッグが聞き返したまさにその時、ビルの外で装輪車特有のブレーキ音と、けたたましいクラクションが鳴り響いた。

「戻ってきた!?早過ぎるぞ、タイヤはつぶした筈だ!!」
叫びながら慌てて外へ取って返す二人を追って、グレッグ達も外へと跳び出した。

そこに、居た。

ゲパルトに至近距離まで寄せて停車し、運転席の窓から対戦車ロケットを構えて、ぴたりと狙いをつけている、アリサの姿。

「動かないで!それ以上前に出たら、大事な戦車にこれをブチ込むわよ。
 グレッグ、ママ、早く乗って!」
ヴォネガットの部下二人―アントノビッチと、ブロンスキー―が顔色を変える。
アントノビッチが叫んだ。
「くそっ!駄目だ、ゲパルトは困る!!」

「先生、走れ!!」ヴォネガットを蹴倒して、そのままバギーへと走る。
乗り込むと同時にドアをあけたままで急発進した。
(奴らは?)地面に倒れたヴォネガットを助け起こしてゲパルトへ走るのが見えた。
「アリサ、とばせ!!」バギーの装甲ではミニガンはともかく、35mm機関砲は防げまい。
だが、アリサは冷静に答えた。
「大丈夫よ。ゲパルトはしばらく動けないわ。」
「どういうことだ?」
アリサはクスリと笑って、芝居がかった口調で答える。
『お許しください、私は罪を犯しました。』
「それは・・・?」
思い出した。パインブリッジで見た映画の中の、ドイツ国から脱出する海軍大佐の一家を助けた修道女たちの台詞だったはずだ。
彼女たちは一家を護送する制服達の車から部品を取り外して、走れなくしていたのだったが。

「これよ。」
ゴトリと音を立ててアリサがダッシュボードの上に置いたのは、数本のキャタピラ連結ピンだった。

「あまり長時間ロックヘッドを空にするのは、避けたかったみたいね。
 15分もしたら、あいつらこのバギーのタイヤを撃ち抜いただけで、帰っちゃったのよ。」
そういうことか。グレッグは頷いた。それで納得がいく。
 トランク内に積み込まれたスペアタイヤと交換してロックヘッドまで戻り、先に徒歩で近づいてゲパルトの足を殺す。
馴れない者にはかなり骨の折れる作業だが、アリサにとってはほんの遊びだったに違いない。
「よし、パインブリッジに帰ろう。」ヴォネガット側にもメカニックはいる筈だ。
ゲパルトはさほど時間を要せずに追撃を開始してくるだろう。そうなれば、ファブニールに乗り換えたほうが有利だ。

運転をアリサと代わったグレッグがドアを閉めると、助手席にサマンサ・スチュアートが移ってきていた。

「話さなきゃならないことがあるわ。私をさらわせた依頼者について、私が知っている事。」
「・・・聞こうか。」グレッグは静かに先を促した。


「東部にアザーヘヴンと呼ばれる都市があるわ。知ってる?」
「ああ。」
グレッグも聞いたことはあった。
この時代、最も文明的な場所の一つと言われる場所だ。
ネットワークコンピューター。精密機械工業。医療機材。食料生産設備―
ありとあらゆる物事が大破壊前のレベルに近づけるべく、組織的に整備、維持されて活動を続けているという。
資源が限られている今日、継続的に居住することはごく少数の市民にしか認められず入市にも厳重な審査が課されるが、
周辺に住んでいるだけでも、その恩恵は計り知れない。
まさに「もう一つの楽園(アザーヘヴン)」だ。

「あそこの医学研究所で、仕事をしていたの。20歳から、17年間。」
「例のナノマシン技術の研究か。」
「ええ。でも私達の研究の本当の目的は、汚染された劣悪な環境を克服できる、次世代の人類を作り出すことだったの。」
サマンサは目を閉じて喋り続けた。
「・・・ミトコンドリアを知ってる?動物の細胞に存在する小器官で、本来生物にとって猛毒である酸素を無害化し、
 エネルギー代謝に利用しているわ。でも、もともとは独立した生物として酸素を利用して暮らしていた、
 原始的な細菌だったのよ。
 その証拠に、ミトコンドリアは内部にそれ自体の独立したDNAを持っている。」

「聞いたことがあるぞ。ジェインが勤めていた学校の、生物学の教師がそんな話をしてくれた事があった。」
「ジェイン?ああ、亡くなった奥さんね?」
「殺されたと言った方が正確だな。・・・すまん、話を続けてくれ。」

「これまでの人類の細胞が代謝できずに蓄積してしまっていた重金属や高分子化合物を、
 ミトコンドリアと同じように処理してくれる、そうしたナノマシンを開発して人類の細胞に新たな器官として組み込む、
 それが私達の研究テーマ。でも、あの男が研究所を支配して、半ば乗っ取ってしまってからは・・・・」
「あの男?」
「名前は、ヨアヒム・ルードウィッヒ・デュラン。研究所の同僚だったサイバネティックスの権威よ。
 人間の体を機械と結合する技術を研究していたわ。
 そして次第に、その技術で作り出した改造人間をソルジャーとして組織するようになった。」
「デュランだと!?」
「私は研究をこれ以上悪用されないために、アリサをつれて逃げ出したの。
 それで、途中潜伏していた町で会ったアンドリューさんに・・・どうしたの、顔色が真っ青よ。」
深い憎悪の念と、手がかりを掴んだ喜びとがグレッグの精神を引き裂きかけていた。
「そいつだ。間違いない。そいつの率いる軍隊に、女房が殺された。5歳の娘はその日以来、行方不明だ。
 そいつは俺にとっても敵なんだよ、先生。」
重苦しい空気が車内に流れた。今から取って返して、ヴォネガットの依頼者たちにまみえたい、
その衝動を必死で打ち消す。

今は二人をパインブリッジまで無事届けなくては。
ハンターとしての、訓練された職業意識が、彼に任務を優先させる。
生き残るため、そして戦いつづけるため。

後部座席から周囲を警戒していたアリサの声が、そのグレッグの軽い閉鎖状態を打ち破った。
「何か来るわ、空を飛んで、来る!!」

重くくぐもったローターの回転音。低空を飛んで後方から接近する影。
それは、武装した航空機―現在では珍しい、ヘリコプターだった。グレッグも他の二人も、見るのは初めてだ。 
「糞ったれめ!無線で連絡をとったな、当然考えるべきだった。」
辺りは遠くまで開けた地形が広がっている。互いの速度から考えてもふりきるのは無理だ。
 ヘリは威圧するようにバギーの上空を追い越していく。
食い過ぎの魚のように膨らんだ機体下面から、前方へ突き出た物体がグレッグの目を射た。
三本の砲身を束ねた、可動式の機銃。
「20mm三連ボトルガンだ、やばいな。」
厳密には違うものだが6連砲身の物とあわせて、これも20mmバルカンと呼ばれている。
威力は、このバギー程度の装甲に対してなら―保証つきだ。

「そこのバギー、停車せよ。こちらの指示に従わなければ、攻撃する。」
Uターンしてきたヘリから、拡声器を通して若い男のものらしい、冷たい声が響いた。

「機関砲で・・・!」叫びながら銃座に上がりかけたアリサを、グレッグは押しとどめた。
「無駄だ、よせ。その機関砲は基本的に対地用だ、この距離であいつを狙えるほどの仰角はつかん。それより・・・」
ブウンと唸るような発射音とともに、バギーの斜め前方の地面が弾着で爆ぜた。
「見ろ、威嚇射撃だ。奴らはヴォネガットたちとは違う指示で動いてる。おそらく、スチュアート博士を殺していいとは命令されていないのさ。
やつを叩き落すチャンスが来るまでこのまま走るんだ!」
グレッグ自身、その言葉を完全に保証できる確信はない。だが、少しでもチャンスのある方に賭けるのが、ハンターなのだ。
「あんまり喋るなよ、舌噛むぞ!!」

威嚇射撃を繰り返しながら追いすがるヘリを、急停止や加速、変針を繰り返しながら何とか機関砲の射界に捕らえようと試みながら走りつづける。
幾分の疲労を感じつつも、グレッグはヘリコプターがあまり安定の良くない乗り物である事に気づいていた。
操縦性はなるほど、たいしたものだ。空中停止や急上昇、狭い半径での旋回など、いとも簡単にやってのける。
車両を相手にする感覚でグレッグが行った離脱の試みは、これまでことごとく阻止されている。

 だが、戦車もそうだが操縦性と安定性は、どちらかを上げれば必ずもう片方が犠牲になるものだ。
例えば、サスペンションを柔らかく設定しすぎた戦車からは、決して安定した砲撃はできないのだ。

 付け入る隙があるとすればそこなのだが。
(何とかやつのバランスを崩す方法はないか・・・?)
必死に思考をめぐらしながら走りつづけるグレッグの視界に、崩れかけた数本の鉄柱が跳びこんできた。
(あれは・・?)思い出した。来る途中で立ち寄った、例の給油所のそばに立っていた鉄柱だ。
もう何に使われていたものか見当もつかないが、あるいはかつての街道沿いに、広告か標識でも付けていたのか。
グレッグは最前から銃座で必死にヘリを追っているアリサに、車内通話用のインカムで呼びかけた。

アリサ、銃座はいい。降りてきて後部ハッチの所に行け。」
『どうするの?』インカムの音声と肉声がいっしょに耳にとびこんできて、おかしな印象の声に聞こえた。
「今朝みたいにスパナを投げるのは得意なのか?」

「スパナ?得意だけど・・・今朝って?」不審そうにアリサが聞き返す。
しまった。グレッグは首をすくめた。
給油所での一件を、やはりアリサは覚えていないのだ。
「アリサ・・・あなた、また・・・?」サマンサがいつものことでしょ、と言わんばかりの調子でアリサを咎めた。
娘をしかる母親の顔だ。
「キレちゃったかな・・・?」アリサは眉根を寄せて首を傾げて見せた。
そのやり取りの中に何か不自然なものを、グレッグは感じている。
だが今はまだ、詮索は後回しにするしかない。

「まあいい。あのヘリの下に出てる翼みたいな部分に、スパナを投げつけるんだ。
 但し、そこのウィンチのワイヤーのおまけつきでな。出来るか?」
グレッグの企てを理解したアリサの顔がパッと輝いた。
「出来るわ、やらせて!」

バギー=レンタ7号の後部スペースには、牽引などに使うためウィンチが取り付けられている。
何回転分か緩めて繰り出したワイヤーを、アリサは例の大型スパナに結びつけた。
「よし、減速する。ヘリが上空を通過したときに投げつけるんだ。ワイヤーを手足にからませないように気をつけろ、
 ヘリと車の間に宙吊りになるか、下手すれば腕や足をもぎ取られるぞ。」

 減速して停まるかに見えたバギーの上空をヘリがかすめ、半開きになっていた後部ハッチを跳ね開けて、アリサがスパナを投げた。

狙いたがわず、ヘリのパイロン翼の先端にスパナがからまった。
「成功よ!」アリサが快哉を叫ぶ。グレッグはバギーを急発進させた。
ヘリはバランスを崩しかけながらも、何とか持ち直して追いすがってくる。
この状態では、バギーの前に出ることはヘリにとって危険だ。
「何の真似だ、ふざけるな!バギーの操縦者、聞こえるか、すぐに停車しろ!!」
拡声器が冷静さを失った声でがなりたてた。
かまわずに疾走を続ける。給油所の監視搭のシルエットが次第に細部を明らかに見せ始めた。

 鉄柱の陰に人影が見えた。給油所の老人だ。鉄柱の根元に何やら置いて、急いで離れていくのが見て取れた。
「まずいな、どうやら頼みもしないのに仕上げをしてくれる気らしい。」
鉄柱の根元に置いたのは多分爆薬だろう。こちらを足止め、もしくは鉄柱の下敷きにするつもりらしいとグレッグは読んだ。
鉄柱の先は、やや急な上り坂になっている。

パインブリッジで見た映画の、ラスト近くの1シーンが脳裏によみがえった。
確信に近い嫌な予感。
(俺はへスラー大佐じゃないぞ!)
グレッグはさらにスピードを上げた。もう次の指示を出す余裕はなさそうだ。

爆発。

衝撃が大気を震わせ、鉄柱がゆっくりとバギーの側に倒れてくる。本来ならば機関砲か対戦車ロケットを使ってやろうと思っていたことだが、
あの老人のおかげでひどく厳しいタイミングを要求される事になったものだ。
「二人とも、伏せろ!」かろうじて下をすり抜けたが、ルーフ上の20mm機関砲が銃座ごとむしり取られた。
「うわあ、銃座にいなくて良かったあ。」アリサが恐怖に引きつった声をあげる。
ヘリはそのままバギーに引きずられるように着地し、傾いた機体の右側で、ローターがガリガリと地面を削っている。
「離脱するぞ、ワイヤーを切れ!その辺にワイヤーカッターもあった筈だ!!」
「了解!」大人の股下程もの長さをもつ大型のカッターが、より合わせた鋼線にくい込んでガツンと音を立てた。
同時にグレッグがアクセルを目いっぱいに踏み込む。
中速ギア特有の加速感を伴って目の前の坂を登ると、いくつものドラム缶がすれ違うように転がっていく。
ドラム缶をつなぎとめていたロープを切り落としたそのままの姿勢で、給油所の老人がこちらを見て驚愕に凍りついていた。

そして、ドラム缶にグレッグが撃ちこんだ銃弾が、坂の下を地獄に変えた。
炎上するヘリから立ち上った黒煙が、地平線に向かってたなびいていった。

「へスラー大佐の最期、ね。」それは映画の中で「キングタイガー戦車」を指揮していた、ドイツ国の大佐の名だ。
「出来すぎだ、気に食わん。」グレッグは渋面を作った。
今回は偶然に助けられすぎた。本当なら、もっと計画的に事を運ぶべきだ。

「キングタイガーに乗ってるのはこっちなのにね。」
「よしてくれ。映画のあれはニセ物だ。」
 グレッグはライフルの銃口を上に向けて、老人に笑いかけた。
「さて、もし差し支えなければ、燃料のお礼にあんたを医者に見せて、あと町でちょっとした食事もご馳走したいんだが?」
老人は呆けたようにうなずいた。


 明け方の暗い空をバックに、修理の済んだアルバトロス号が、エンジンのアイドリング音を響かせていた。
アンディーの傷もすっかり良くなったようだし、もうパインブリッジにとどまる必要は無い。
 スチュアート母子はロングフォードへ向かうのだ。願わくはサマンサが医者としてその職務のもと、
これからの人生を全うせんことを。そしていつの日か、人類に新たな可能性をもたらしてくれれば―

「気をつけろよ、アンディー。この先は、俺はいないぞ。」
「冷たいやつだな、ついて来て呉れないのか?」
「ファブニールでそんな長距離を自走したら壊れちまうだろ。」
二人の男の手が旧来の友情を確かめて硬く握られ、そして離れた。
アルバトロス号がその巨体をゆっくりと前へ進め始める。

そして、地平線へと遠ざかって行った。

 グレッグは傍らのファブニールを見上げた。
砲塔の上には、ヘリの燃え残った残骸から取り外してレストアした、20mm三連ボトルガン。
デュランがこれからも航空機を繰り出してくるならば、ぜひとも必要な装備だ。
 Cユニット・エイダの取り付けも済んだし、これからは何とか一人でやっていけるだろう。

グレッグは、またアリサの緑色の瞳を思い出していた。
薄気味の悪いところもあったが、いい子だったな。
「ファブニール、また二人きりだな。よろしく頼むぜ。」ゴンと音を立てて、側面の装甲版を拳で叩いた。

「ひどいわ、ファブニールを独り占めしないでよ。それとも私の操縦じゃ、整備じゃ気に入らない?」砲塔の上から声がした。

「アリサ!?いつから・・・?お袋さんと一緒に行ったんじゃなかったのか?」
「ママはママ。私の人生は私が自分で選ぶわ。とりあえず、グレッグの専属メカニックにしてくれる?この間そう言ってなかった?」
そこまで言った覚えは無かったが、否定する気はしなかった。
アリサが操縦と整備を手伝ってくれるのなら、とりあえずグレッグに異存は無い。

「デュランとかって悪人をやっつければ、ママも安心してお仕事できるのよね?」
「そうだな・・・。よし、乗り込め。今日から君は俺の専属メカニックだ。しっかり頼むぞ。ファブニール発進!」
グレッグの指が新たに取り付けたファブニールの操縦パネルの上を、各種スイッチを切り替えながら動き、
エンジンが新たな鼓動を響かせ始める。

(スチュアート先生、あんたとうとうアリサの事を、ちゃんと俺に話してくれなかったな。)
まだ何か、隠していることがある筈だ。無論いくらかは想像がつくが。

それでもいいさ、とグレッグは思った。
多分それは彼女にとって、一番明かしがたい秘密であるだろうし、
彼にはそのことが語られる時の状況が、楽しいものであるとは思えなかったからだ。

(何から何まで映画のようにすっきりとは行かないよな。)
口の中でつぶやくと、グレッグはアクセルを踏み込んだ。



バランスさん、ありがとうございました。m(_ _)m

あと、これもバランスさんから来た小説を手直ししています。
僕の判断で改行をして、誤字、脱字であろうというものを変更しています。
行間については元の通りにしたつもりです。
改行についてはやり直せと言われれば直します。(^^;

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