第4話 - 巨 獣 - 後編

作:バランスさん



 5ヶ月と少し前。

ちょうどフォンダからのトレーラーが帰路で消息を絶ったその時期に、そのトレー
ダーは急な用事でフォンダからパインブリッジへ向かって、車―オフロード用バイク
を飛ばしていた。
 どんな用事で何を運んでいたのかは判らない。ヤバい荷物だったのかもしれない。
情報を売る側は買う側に、余計なことは喋らないものである。肝心なことは、とに
かくその男が旅の途中でバイクの不調に気がついたという事なのだ。

エンジンからいやな匂いの煙が上がる。調べてみると腐食のせいでクランクケース
にごく小さな穴が開いていて、少しづつオイルが漏れていた為エンジンがオーバーヒ
ート寸前になっていた。
「糞、うかつだった」男は毒づいた。

 穴を塞ぐにはどこかの町に行かないと無理だ。手持ちの工具では気休め程度の補修
しか出来ない。
 それはまあいい。入れたオイルが空になるまで少なくとも3日は経っているから、
補充さえ出来れば補修は後回しでも、何とか持つだろう。問題は、補充のオイルを今
持っていないことだ。
こんな時には落ちついて、何でもいいから周りに利用できそうなものがないか、辺り
を見回してみるに限る。今回も男はそうした。

荒野の一角にそれはあった。煙を上げる黒っぽいシルエット。
車だ。

 とっくに火は消え、わずかに残った可燃物や炭化した物がくすぶりつづけているが、
まだ何か使える物が残っているかも知れない。
近づいてみると幸運にも、転がり落ちたオイル缶があった。車が横転したときに、
固縛が解けたのだろう。
 蓋はきちんと閉まっている。車はどうやらハンターの物のようだ。
「まだツキには見放されてないらしいな」
そう言いながらフタを取り、中のオイルの匂いを嗅いでみる。上物だ。

よくよく見てみると車は高機動の8輪装甲車で、旋回砲塔に速射砲を積んだタイプ、
してみるとこいつの主はそれなりの腕利きだ。だが車体には何やら大きな鋭いもので
掻きむしったような痕が機関部に達する口を開けていて、砲塔のハッチからは黒焦げ
になった人の腕らしき物が突き出ている。
ふと辺りの地面に目を向けると、なにやら大きな物を引きずったような跡が、彼方の
丘陵地帯へと伸びている。とかく噂のあるドラゴンズ・ヒルの方角だ。

「ヤバいな」
何事があったか知らないが、早めにずらかった方がよさそうだ。男は大急ぎでバイク
のエンジンにオイルを飲ませると、その場を離れた。
数週間後、帰り道なんとなく気になってその当たりを通りかかったが、装甲車の姿
はもう見当たらなかった。



          * * * * * * * 


            さんさんと降り注ぐ太陽
      海岸へと続くハイウェイ
      
      僕は車に君と犬を乗せ
      ほんの少しスピード超過
      最高のドライブ日和

      ラジオを点ければ飛びこんでくる
      ゴキゲンなあの曲
      そいつは最新のヒットナンバー
      (口笛は苦手だけど気にしないよね?)

      このままこうして
      走りつづけていられたら
      最高なんだけれど
      残念ながらものごとには
      いつも必ず終わりがある…


「何歌ってるの?」
ヘッドセットのイヤホンから、アリサの声がした。クスクスと声を殺して笑っている
のが聞こえる。
 そろそろ北ルートの幹線部を離れて、ドラゴンズ・ヒルの北側へと向かう分岐ポイント
に差し掛かる所だ。
「しまった、マイクのスイッチを切っていなかったか」
グレッグも苦笑した。ほんの小さな声で鼻歌程度に歌っていたのだが、ぺトラのドック
でギルバート親父が付けてくれた車内通話装置のマイクは、喉元に接触させるタイプで
やたらと感度がいいのだ。

「・・・ルート99って、そんな歌詞だっけ?」
「こいつがオリジナルさ。俺の外に知ってるのは、今じゃアンディと―」
そこまで言ってドキリとしたが、後を続けた。
「娘のリサだけだ。」
(馬鹿な。まだどこかで信じているのか、俺は)

(行方不明の娘が、まだ生きていると?)
挙句にルート99か。
二重の悲嘆に捕らわれて、グレッグは右手で顔を半分覆った。


廃墟にうち捨てられたジュークボックスから流れ出た、大破壊よりはるか昔の
古い音楽。

ロックンロール。人類がその可能性を屈託なく夢見ていた黄金時代の遺産。

 ハンター達の間で口伝えに広まったものは歌詞とリズムがだいぶ変わり、
フレーズの尺もいくらかオリジナルと違う。
 発見した時、歌と自分達が生きる時代との余りのギャップに、グレッグは一人で
むせび泣いた。何も考えられなくなりただひたすらに泣いた。
それはこの時代に生きる大多数の人々にとってはあまりに残酷な代物だった。
だから、敢えてオリジナルの歌詞は世に出さなかったのだ。

「・・・家族のしるしって感じね、その歌。聞いちゃったって事は私も家族でいいの?」
アリサがいたずらっぽく聞いてきた。

「家族か」また家族を持つことがあるのだろうか。
復讐を遂げて休める日が来たならば―
俺ひとりがまた幸せになっても許してくれるか、ジェイン?

「見つかるといいわね、リサちゃん」
答えられずにいるグレッグの胸中に思い至ったのか、アリサがポツリと言う。
「……ありがとう」
視線を交わさなくとも互いの表情が見える、そんな感触があった。
不安を押し殺すために出た鼻歌だったように思う。
だが、思いがけないアリサとの共感が今、ここにある。

アンディーにからかわれた件は気にならなくなっていた。旧友は知らない事だが
どんなに煽られた所で、グレッグの主砲はどのみち大破したままなのだ。
村が炎の中に消え、ジェインの亡骸が凌辱されるのを目の当たりにしたあの日から。

「・・・娘か妹で良ければ、末永く家族づきあいしてくれ」
殊更に明るく答えたグレッグに、今度はアリサが答えに詰まったようだった。

分岐ポイントを過ぎるころから空が少し暗くなった。
まだ日没には早い。雨季のなごりの湿り気を帯びた灰色の雲が、丘陵地帯の上を覆う
ように垂れ込めて来たのだった。
「いやな天気だ」グレッグは眉をひそめた。
通信機のランプが点滅している。ガープ達のトラックから入電らしかった。
ファブニールの遅い巡航速度に合わせて走るのは燃料のロスが大きいので、二台の内
一台が、もう片方を牽引してゆっくりとついて来ている。
こちらとの車間距離は100m程度と言った所か。

「どうした、ガープ?」
(左後方、地平線に土煙が見える。こちらへ近づいてくるようだ)
ハンター式の省略表現を使っていないせいか、ひどく冗長で呑気に聞こえる。

「敵襲かな。戦闘準備、弾種・・・徹甲弾」自動装填装置の回転式弾倉が
セレクターと連動して回転を始める。
「待って、車体に見覚えがある。敵じゃないわよ」
全周旋回式ペリスコープの映像を見ていたアリサが、射撃準備に入ろうとするグレッグ
を制した。

「相変わらず目がいいな」
 砲塔のハッチを開けて双眼鏡を覗いたグレッグにも、その土煙の中にいるものが
ようやくはっきりした形をとって見えた。
 傾斜した装甲を持つ緑色の車体。大き目の砲塔から突き出た長砲身の主砲。
「ロジーナだ。久しぶりだな」
それはパインブリッジで出会った戦車通の大男、セルゲイ・キーロフの愛車だった。
ファブニールと荒野でまみえるのは始めてだ。

(よう、マイヤー。お嬢ちゃんも一緒かな?支援車輛付きとは豪勢じゃないか)
通信機から流れるキーロフの声は、以前にガンタワーから二人を救ってくれた時と
同じに不躾でがらがらして、それでいてひどく頼もしかった。

「別に俺の部隊って訳じゃない。道連れのトレーダーだ、知り合いだがな」
(ほう。何か買うものがあるかも知れん。停めてくれ、煙草でもどうだ?)
「煙草は吸わないが、停まるように言おう。・・・ガープ、お客さんだぞ」
ガープからは了解の応答があった。
通信機を車内通話に切り替えてアリサを呼び出す。
「トラックに寄せて駐めろ。俺達も休憩にしよう」
4台の車が形の崩れた円陣を組んでうずくまった。

「何だ、あんたもトレーラーが狙いか」
トラックに積まれた補給品を物色しながらガープから聞き出したのだろう、キーロフは
グレッグの方を向いて、つまらなさそうにそう言った。
「『あんたも』って、どういう事だ?」グレッグは顔色を変えた。

「パインブリッジ辺りを最近うろついてるハンターたちは大抵、そのトレーラーを
狙ってるぜ」
情報を持ってたトレーダー、何重にも売って相当儲けたんじゃないかな。と、
キーロフはまた向こうを向いて喋りつづける。グレッグは少し落胆した。
アンディーは人がいいからな、疑いもせずまたぞろ言い値で買ったんだろう。
アルバトロスのキャビンにあった雑誌がそうだったように。

「じゃああんたもなのか、キーロフ?」
「いや、俺は―」そう言いかけてキーロフは訂正した。

「ロジーナはもともと足が長い。同じ量の燃料ならあんたの車の3〜4倍の距離は
自走できる。それも故障なしでな。どちらかと言えば生還してないハンターの車と
モンスターその物の方だ、俺が興味があるのは。
―おい、このガスケットはまだ新品同様じゃないか!少しここの所を切り取れば、
ロジーナのエンジンにぴったり合いそうだ―」
値段の交渉を始めたキーロフに、グレッグは気乗りしないながら声をかけた。
「どうする、ドラゴンズ・ヒルまで同行するか?」

キーロフがハンターオフィス発行のG小切手にサインしながら答えた。
「当たり前だ。この辺で動いてるハンターの間じゃ俺達二人の戦車は、跳び抜けて
主砲が強力な部類なんだぞ。組めば差しあたって怖いモン無しだろが」

そうなのか?
「自覚してなかったよ」グレッグは耳の後ろを掻きながら顔をしかめた。

次の日の午前中一杯、4台の車は一団となって東へ進んだ。

 実際、キーロフの戦車「ロジーナMk−U」の機動力はたいしたものだ。
エンジンパワーに比して車体が軽く、サスペンションにも負担がかからないせいなの
だが、ファブニールならはまって動けなくなりそうな軟弱な砂地なども難なく踏み越え
るし、旋回、加速ともに実に軽やかな動きを見せる。

新型なのか、という問いに意外にもキーロフは首を横に振った。

「このタイプが俺の故郷で作られたのは、もう20年近く前だ。大破壊に近い時代
の車輛は複雑、高級過ぎて今の技術レベルと資材の質じゃ作っても役に立たん。
古すぎる設計は無論、論外だが結局丁度いいのはこいつと同じくらいの時期に
設計されたヤツさ」
「なるほどなあ」
「昨日はああ言ったものの、あんたのファブニールには正直なところ多分、火力では
かなわん。砲弾を見せてもらったが装薬量が段違いだ。実際の威力は100mm級
かも知れんな。装甲も厚い所は2倍近い。機動力だけじゃ戦車の性能は測れんって
ことよ」

「そういうものかね」
「もともと設計と運用に関して基本理念が違いすぎるのさ。互いの長所を生かして
上手くやろうじゃないか、今回の探索は」
キーロフはそう言って機嫌よさそうに笑った。



足元で錆の塊がつぶれた。
かなり長い年月酸性雨にさらされ続けた、その古い戦車の転輪は、グレッグ達の
足の下で、砂漠の赤茶けた砂の一部と化す緩慢なプロセスの一歩を踏み出した。

「聞きしにまさる薄気味悪さだな、ここは」丘陵の緩やかな斜面が始まる辺りに向
かって、周辺の地形はやや窪んだ形になっていた。土砂の様子からするともともとは
この丘陵地の北側を流れる川があったのだろう。
アンディーの情報にあった、「大きな引きずり跡」は雨季を経てもまだかすかに残っ
ていて、小さな涸れ川のようになってこの低地まで伸びてきていた。

 降雨のため川床の土は少し湿っているらしく、所々にまばらに生えた草が生気を
取り戻したように緑の色彩を強めている。
といってもその多くは怪しげな変異体で、現に3mほど横の草むらからは、先程から
しきりに黒っぽい色の花粉が飛んできて彼らを辟易させていた。
 人間サイズ以上の生物にはさして害がないが、小さな動物などはこの花粉を吸いこ
むと中毒して酔ったように眠ってしまい、普通はそのまま死んでこの草の肥料になる
のだ。ここよりもっと南の地方に生える大型種は人間も餌食にし、「まどろみ草」と
呼ばれて恐れられている。
涙目で一つ大きなあくびをすると、アリサが不快そうに一行に乗車を促した。
「ねえ、早く探し出さないと、みんなに先を越されるわよ」

そう。

 アンディーと同じように情報を買ったハンターたちがグレッグ達の他にも数グループ、
めいめいに持ちこんだ自分の車と、用意のいい者は牽引用の車両までチャーターして
辺りを走り回っているのだった。予想はしていたものの、それはなんともやる気をなく
させる光景だった。

グレッグはため息をついた。
「とにかくこうしていても始まらんな。ガープ、ジョッシュ、お前達はここで待機だ。
キーロフ、俺達はあの岩場の向こうから手をつけよう」
グレッグ達「戦車組」は二台に分乗してゆっくりと動き出した。
湿って粘り気を帯びた土砂が足回りにへばりついて動きにくい。
 回転式ペリスコープの映像は操縦席のアリサに一任して、グレッグは砲塔上のハッチ
から上半身を乗り出し、辺りを直接見まわした。30mほど先行するキーロフも同様に
ハッチから乗りだし、双眼鏡を使っている。
(気をつけろよ、マイヤー。この辺りは地盤がゆるい。ロジーナが通過した地面を
トレースした方が安全だ。そっちの方が重いから絶対確実とはいかんがな)
「すまん、助かる」

岩場を迂回するルートを探し出して反対側に廻りこんだグレッグ達を待っていたものは
なんともぞっとするような眺めだった。

半径100mをゆうに超えるほぼ円形のスクラップの小山。錆び朽ち果てたものから
まだ比較的新しいものまで、数えるのがイヤになるほどの戦車、装甲車、その他ありと
あらゆる車両の残骸がでたらめに積み上げられているようだった。
川床の湿った空気が風となって、錆びた鉄の匂いをグレッグ達の鼻腔に運ぶ。
それは生き物の生々しさこそ無かったが、血の匂いを連想させた。
 戦車を降りて歩き回っていると、
「見ろよ、マイヤー。例の8輪じゃないか?どうやら当たりを引いたらしいぞ」
セルゲイが小山の一角を指差した。グレッグにもその残骸が目に入る。
アンディーの情報にあった装甲車に間違いなさそうだ。
とすると近くにトレーラーもある筈――

「何だ、これは?」
グレッグはすぐ脇に横倒しになったバギーの残骸が、途中から半分にむしり取られた
ようになっているのに気がついた。ふと注意して見まわすと、そこいら中の残骸に
同じような傷痕がある。
あらたに一台のバギーが岩場を回りこんできて、小山の影に消える。歓声が響いた。
「こん畜生、見つけたぜ!俺のモンだ!」グレッグはキーロフと顔を見合わせた。
あのハンターがトレーラーを発見したのに違いない。

「無駄足だったって訳か」
「仕方ないさ。それにしても―」残骸についた傷痕のことでキーロフに意見を求めよう
としたその時、小山の向こうから魂消る悲鳴が聞こえてきた。

ようやく日が沈みかけ橙色に染まった大気の中、地に落ちた影と長さを競うかのように
断末魔の叫びと、車両の炎上する爆裂音が尾を引いた。
「何だ!?」
「―判らんが、とにかく戦車に・・・!!」
ハッチに駆け込む二人の目の前で、夕日を背にした巨大なシルエットが、その悪夢の
ような姿をスクラップの山の影から現した。
 そのモノの全長は軽く30m。怪物としか呼びようが無い。
大型の肉食昆虫を思わせる、一対のハサミ状の顎。
金属質に見えるウロコらしきものに覆われた長い体には、数本の指を備えた4対の足。
そいつが屑山の上に体を伸び上がらせたのだ。
「何だコイツは!?」
「くそ、全速後退!!」
日焼けしたセルゲイの顔が、夕映えの中であってさえ青ざめて見える。
  
 背中には扇のように広がる透明な翼。ウロコの間からは錆の欠片や粉末がザラザラと
こぼれ落ちているが、体の外に付着していたのか体内から排出されてくるのかは判然と
しない。
そいつは顎にはさまったバギーの残骸の切れ端を首の一振りで投げ捨て、鉄でできた
巨大な赤児――そんな物がいるとすれば――を思わせる叫びを上げた。

操縦席でアリサは混乱していた。

直視ペリスコープからの視界は狭く、暗い。突然砲塔に駆け込んだグレッグの指示
どおりにギアをバックに入れて、左右の操向レバーをいっぱいに引いたものの、何が
起こっているかはさっぱり判らない。
「なんの声なの?!」

車体が後方に下がるにつれて、何か大きなモノが前方の薄明かりの中にいるのが見えて
くる――もっと強い明かりが欲しい。

「前照灯は点けるな、アリサ」
彼女の心を読んだかのように、グレッグの無情な声がヘッドホンから飛びこんできた。
「目の前にいるのは怪物――ドラゴンズ・ヒルの主だ」
「まさか……本当に……」

「かなりでかい目玉が頭部についてたから、視覚への依存度は高いと思う。赤外視力を
備えている可能性も否定できないが、こちらから位置を教えてやることは無い」
「……了解、次の指示は?」
なまじ目がいいだけに「見えない」ことはアリサにとっては恐ろしかったが、こと
戦闘に関してはグレッグやキーロフはプロだ。任せるしかないと自分に言い聞かせる。

「機関微速。そのまま敵との距離を開けろ」
怪物の能力がわからない今は、接近戦は避けたい。
一方、キーロフは砲塔の暗視装置をパッシブに切り替えてグレッグ達から離れ、
怪物に対して十字砲火を浴びせる位置へとロジーナを移動させつつあった。
「堅そうだな」
赤外線による熱暗視映像をCユニットに解析させる限り、怪物の体表温度は内部に比べ
かなり低い。
戦車のような装甲というわけは無いだろうが、少なくとも血の通った皮と肉は、冷たい
外殻の一枚下だ。
(ミサイルを使ったものかな?)
ロジーナの砲塔側面に装備されたミサイルの装弾数は、2発。
 ガンタワーの残骸から分捕った旧時代の残存兵器で、高性能の成形炸薬弾頭を持つ、
貴重品だ。通常装甲に対しての貫徹力は最強だが、セラミックなどの複合材を使った
装甲や、一部の生物型モンスターにはそれほどの効果が発揮されない。
「まずは85mm砲から試してみるか」
巨体には邪魔でしかない座席類をそっくり取っ払った、特別あつらえの戦闘室内に
仁王立ちになったままキーロフはそう呟いた。

付近のハンターたちもその怪物を視認していた。
だが、その多くは小口径の機関砲や機銃、火炎放射器などを主武装とする軽装甲の
車輌を持ちこんでいるだけだ。
敢えて身を危険にさらして戦うには、この「主」はあまりにも彼らの想像力から
隔絶した存在だった。
「近寄るな、遠巻きにして牽制しろ!」かろうじて戦意を保てた者は、互いに交信
しながら川床の悪路を駈け回る。
ロジーナが主砲を撃ちこんだ。だが角度が悪いせいもあってか、砲弾は「主」の
体表で弾かれ、あらぬ方角へ飛び去る。ハンターたちの間からどよめきが上がった。

(停まったら殺られる)
ハンターたちの勘がそう告げている。口惜しいが近接しての戦闘は、「戦車」使いの二人
に任せるしかない。
だが、彼らの判断は、一つの点で大きく誤っていた。

怪物の頭部に光がきらめいた。一条の光芒が空間を走り抜ける、錯覚のはずだが確固たる
印象――
走り回っていた内の一台、軽快な4輪装甲車が瞬時に爆炎を吹き上げた。
「ルーディーがやられた!」
悲痛な叫びが通信機に飛びこんでくる。

「何だ今のは!……レーザー!?」考えたくないが、他に説明のしようもない。
 旧時代から動き回っている自動兵器には、ガンタワーのように攻撃兵器としての
レーザーを搭載する物もある。
グレッグにしてもつい先だって、レーザー照準式のアサルトライフルを借り出して
使ったばかりで、レーザー自体は珍しいというほどのものではない。

だが生物の能力としてお目にかかったのは初めてだ。

怪物――「主」の複眼が、高速で動く車輛群の一台をその宝石のような切子面に映す。
せせこましく動く小さな物体――「主」の脳にとってはそれは敵か、もしくはエサだ。
視界の中で「動き」として捉えられたモノだけが、無意味な情報の中から姿を現し、
その認識の対象となるのだ。
筋肉から変化した発電器官に蓄えられたエネルギーが、発光器に分化した単眼から光の
矢となって撃ち出され、辺りの空気をオゾン臭で満たした。
叫びとともに、また一人の命が炎の花となる。

「畜生、またやられたか!!」
グレッグは砲手座で歯噛みした。ファブニールの砲塔が動力旋回で一周するのに、
最高速で約20秒。これだけの重量の砲塔としては破格の高速といっていいのだが、
エンジンの回転数に左右されるのが難点だ。

 接敵した状態から後退して距離を開け、照準を合わせた今この瞬間までおよそ一分。
その間にベテランのハンターが二人殺された。一発の砲弾を放つ時間の代価としては、
あまりに高くつきすぎる。
「これ以上勘定書きを釣り上げられてたまるか」
怪物の動きは捕捉できないほどではない。まともな生物ならば必ず重要器官が位置
しているはずの胴部へ――
「ファイアー!」
排夾とともに砲塔内に噴出する発射煙。すぐに天井のベンチレーターが回り視界が
晴れる。照準器の向こうでは怪物が――まだ動いている!
「馬鹿な!」
確かに胴部には88mm徹甲弾がうがった黒い穴が湿っぽい蒸気を上げているが、
次第にその開口部は小さくなっているようだ。
「主」の頭部がこっちを向く―
「いかん!!」グレッグは慌てて照準器から顔を離した。
万が一、あのレーザーの照射域のほんの一部でも照準器のレンズをかすめれば、
レンズで絞り込まれたビームがグレッグの目を灼く事になる。
――そんな事になれば無論、目をやられずともグレッグは致命傷を負うのだが。
再装填の済んだ主砲をもう一発撃ちこみ、グレッグはアリサに移動を指示した。
怪物の肩辺りで炎が上がり、射線のそれたレーザーがファブニールのすぐ横の地面
を焼く。
(マイヤー、無事か?)
「……キーロフ?今の砲撃はあんたか、助かった」
(ああ。榴弾を持ってきてなかったんで、ミサイルをな。
ロジーナの85mm徹甲弾は弾かれちまったんだ)
「ミサイルか……致命傷にはなってないようだぞ」
(畜生、やっぱりか。成形炸薬で穴が開くような外殻じゃないってわけだ)
「一応生物らしいからな。外側から爆圧をかけて弱らせればそのうち死ぬかな?」
(とにかくコイツは手ごわすぎる。みんなには離れろと言うぜ)
「わかった。少ないが榴弾ならこっちには何発か有る。撃ち込んで見よう」

とは言ったものの、グレッグにも確信はない。ファブニールの主砲で使用する、
88mm徹甲弾は厳密に言えば徹甲榴弾、つまり敵の装甲を貫徹した後、内部で爆発
するタイプの物だ。
生体にそれを食らうという事は、言って見れば――刺さったナイフを中でこじりまわ
されるようなものなのだが、それで動きつづける相手に、外からの爆発がどれだけ
効くのか?
いずれにしろ、2発や3発撃ちこんで片付く相手ではない事は確実だろう。

(レーザー、来なくなったわね)アリサが呟いた。
「撃ち尽くしたのかな――多分体内で作った電気がエネルギー源だ、無限に撃てる訳
じゃないんだろう」
答えながらちょうど怪物の、多少なりとも柔らかそうな腹部に照準を合わせた。
榴弾はこれで2発目だ。

 命中。外殻の上からでも内臓全体を衝撃で揺さぶられているのだろう、「主」は苦し
そうに身悶えし、動きが少し鈍くなる。

 だが、次の瞬間そいつは信じがたい動きを見せた。体長の5分の2ほどに達する尾を、
体を廻してファブニールに叩きつけたのだ。76mm砲の着弾など比べ物にもならない
激烈な衝撃が車内の二人を襲った。
「!……くそ、なんてヤツだ。アリサ、怪我はないか?」
「いたた、ちょっと擦り剥いた。……グレッグ!見て、あれ!!」
旋回式ペリスコープからの映像がグレッグの目を射た。

怪物の背中の透明な翼――カマキリなどの昆虫のものを思わせるそれが、折り畳まれた
状態から一気に展開し、空気を叩いて巨体を宙に浮き上がらせたのだ。
「おおっ、飛ぶ!?」
とっさに20mmバルカンの発射トリガーに指を掛けたが、反応がない。
手元の火器管制モニターをチェックすると、バルカンが赤く点滅している。
「大破」を示す表示だ。今の尻尾攻撃の際に破壊されたのだろう。

「いかん、空へ逃げられたら打つ手がない!」
だが幸いにして、「主」は200mほど飛翔した後少し小さな別の屑山の上に着地した。
さすがに30mの巨体で長時間飛行するには、羽ばたき式は無理があるらしい。
今はもう、他のハンターは怪物の目が届かない位置まで離脱していた。

(グレッグ、何が起きてるんだ?)
通信機からガープの声がした。
(いかん。奴らのことをすっかり忘れていた)グレッグの額を冷汗が流れる。

(お仲間が何台も大慌てで飛び出してきて、ぶつかりかけた。どうしたってんだ?)
「うわさの怪物が出た。ドラゴンズ・ヒルの主だ。馬鹿でかくて空は飛ぶし、
生体レーザーまで撃って来る」
(何かいるとは思ってたが、それにしてもとんでもないモンが出てきたな。
……手伝おうか?)
「気持ちはありがたいが、無理だろ。非武装の輸送トラックじゃあ……」
ちょっと待て、ジョッシュと替わる――ガープがそう言ってすぐに、ヘッドセットに
ジョッシュのぼそぼそした声が飛びこんできた。
(使い捨てのロケット砲で撃ち出す麻痺ガス弾があるんだけど、どう?
かなり濃い煙を出すから、レーザーをかく乱する効果もあると思うけど)
「そいつはありがたいが――」いや、値段のことなど今は聞くまい。
「よし、買った。だがくれぐれも気をつけてくれ。ここまで来る間にヤツに察知
されたら――」
(心配いらない。こっちで撃つよ、ここからね。トレーダーやってりゃモンスターと
戦うことも、別に珍しかないんだぜ?)
「解った。だが撃ったらすぐ離脱しろよ」
(了解、うまくやるよ)

「キーロフ、聞こえるか。今どこにいる?」
通信機で呼びかけるとすぐに返事があった。
(注意不足だな、マイヤー。あんたの斜め後ろに回ったところだ。何かいい手でも?)
「……ああ。今からガープ達が麻痺ガス弾で支援してくれる。どれくらい効き目が
あるか判らんが、動きは鈍くなるだろう」
(そいつはいい。で、とどめは俺達で刺そうって訳だな?)
「そうだ。射撃の腕に自信はあるか?そのミサイルの命中精度は?」
(何だ、ひどいヤツだな。なけなしのミサイルを2発とも――)
その時、独特の噴射炎の尾を引いて、麻痺ガス弾頭を積んだロケットが飛来し、怪物の
至近距離で炸裂した。
白煙が噴き出し、「主」の周囲を包む。苦しそうに頭を振り、動きがひどく鈍くなった。
(議論する暇はなさそうだな、だが俺のミサイルじゃヤツの装甲には――)
「解ってる。俺が穴を開ける、そこにぶち込め。アリサ、ファブニール前進!」

「主」に対し同じ距離近づいても、ロジーナに倍する装甲をもつファブニールの方が、
鉤爪や大顎に対して持ちこたえられる。レーザーはどうしようもないが、それは運を
天に任せるしかない。
煙は次第に晴れてきている。怪物の胴にさきほどの88mm徹甲弾がうがった穴が、
すでに塞がりかけているのが見えた。
「化け物め」語尾が歯ぎしりと一つになる。

 よし。とびきり熱い一発をお見舞いしてやろう。
「主」の側面をすれ違うように移動しながら、ファブニールの主砲が、再び怪物の
胴に黒い穴をうがった。命中の瞬間、食いこんだ徹甲弾の運動エネルギーは熱に
変換されて肉を焦がし、ある程度止血の役目も果たしてしまっていた筈だ。
だが内部でさらに成形炸薬弾の高速ジェット噴流が肉を切り裂き、重要器官を破壊
したならば――
「今だ、キーロフ!!」
 現在の技術をはるかに越える誘導性能をもつミサイルは、寸分の狂いもなく、
ファブニールが用意した通路を通り、怪物の体内へと吸いこまれていった。
同時に、アリサがファブニールを限界まで加速し、離脱にかかる。

川床の低地にドラゴンズ・ヒルの主の断末魔が長くこだました。


(……マイヤー、無事か?)
「ああ。済まなかったな、ミサイルを使わせてしまった」
(いいって事よ。あんなモンは所詮使う為にあるんだし、ミサイルより大事なモン
だって世の中にはあるさ)
「またガンタワーを狩るなら、手伝うよ」
情けない――グレッグは己をひどく小さく感じた。
結局いつも、周りの人間に助けてもらってばかりだ。金やモノで済むうちはいい。
いつか、誰かが命と引き換えに自分を助けてくれるような事があったら、どうやって
それに報いればいい?
 オイルにはオイル、錆には錆を――だが自分の戦いにそれほどの価値があると、
確信できる程には、グレッグはもう若くはない。
今日もそうだ。不注意と不運の結果とはいえ、三人死んだ。そして自分はトレーラーを
我が物顔で乗りまわすのか。何人もの血を吸った車を。

黙りこんだグレッグに、キーロフが静かに言った。
(何を考えてるか想像はつくがな、気に病むなよマイヤー。ハンターはいつだって、
そういう稼業じゃないか)
明るくなったらトレーラーを見に行こう。キーロフはそう言い終わると通信を切った。


いつの間にかアリサが砲塔に上がってきている。左手の上に重ねられた小さな手を、
グレッグはためらいながらも手のひらを上に向けて握りなおした。



琥月の感想

前回の最初のカエルの会話の意味、分かりませんでしたな(汗
イソップ物語でいろいろ検索してみたんですが、カエルの親子の話にはひっかからなかったので
教えてくれるとうれしいですなw

今回は人間味というか、あまりメンタルな部分ではなく戦闘シーンが主でしたね。
文面から見て、今回の敵はオリジナルなのかな?
昆虫で羽が生えててでかくてレーザー…該当する敵が思いつきませんでした(^^;

思えばグレッグは今アリサの事をどのように思ってるんでしょうかね…
気になる存在であることは間違いないでしょうが、
一人の女としてか、旅のパートナーとしてか、はたまた文中のように妹や娘のように思っているのか…
これからの進展が楽しみです♪

うぬぅ…感想に時間がかかってしまった…
そのくせあまりいい感想ではないことにちょっとへこみ気味です(汗

バランスさん、ありがとうございました。m(_ _)m

今回はバランスさんから送られてきたHTMLファイルを引用させてもらいました。
整形済みテキストの文字サイズ中ってのは結構見やすい大きさかなぁとか思いますな。(^^;

バランスさんへの感想はこちらです

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