![]() プロローグ −ファブニール− 作:バランスさん「すげえ戦車だな、これ、あんたの?」 感じ入った声に振り向くと、修理工の姿形をした16、7歳の少年がこちらを見上げている。 「まあな。」 グレッグは面倒くさそうな響きが声に出ないよう気を使いながら答えた。 小さな町の、吹きっさらしの駐車場。街道から車もろとも息も絶え絶えの態で駈けこんで、ようやく一息ついた所だった。 どんな風におれはこの子には見えているのかな? 戦車を手に入れる程なら、きっと腕と幸運に恵まれたハンターなのだと羨望のまなざしで捉えているのかもしれない。 グレッグは苦笑した。 「戦車が好きなのか?」 「嫌いなやつなんているもんか。男だったら。」 悪くない。それなら丁寧に修理してもらえそうだ。 この間の町のドックの親父ときたら、戦車で乗り付けた途端にものすごい剣幕で、対戦車ロケット砲を持ち出してきやがった。 ・・どう見ても戦車の修理ドックだったがなあ。 グレッグは今度はつとめて明るい口調で言った。 「合格だ。お前のとこのドックまで案内してくれ。左の第三転輪のスプリングが死んでるようなんだ。それに排気管のガスケットも交換したい。」 ポカンと口をあけて不思議そうにこちらを見つめる少年に、グレッグは片目をつぶって見せた。 「見かけだけは立派だがな、俺同様のポンコツなのさ。こいつはな。」 「ファブニールか。変わった愛称だな。」 転輪のボルトを締めなおしながら、ドックの親父はグレッグの車の砲塔あたりをふと見上げてそう言った。 「何だって?」 「この戦車の名前じゃあないのか?砲塔の下辺にペンキで書き込んであるぜ。」 消えかけてるがな。親父は言いながら機関部のハッチのほうへ歩いていった。 「気づかなかったよ。最近手に入れたばかりなんだ。」 古臭い戦車だからてっきり長い付き合いかと思ったぜ。 いかんなあ、戦車乗りなら自分の車のこたあ隅から隅まで頭に入れとくもんだ。 機関室の中から喋りつづける親父にグレッグは呟き気味に答えた 「そうだな、気をつけるよ。短い付き合いになっちゃあ困るからな。」 そうしてこれは自分の口の中だけで言った。 「ファブニール。いい名前だ。」 一体「大破壊」の前には、この世界はどんな風だったのだろう。 時折そんなとりとめも無い考えがグレッグの脳裏をかすめて行く。 死んだ妻のジェインは、素晴らしい理想郷があったように信じていたようだったが、グレッグにはそうは思えない。 こんな糞っ垂れな世界をもたらしたのは、やっぱり前時代の糞っ垂れな文明だろうと思う。 たとえばそこら中にうろつくあの自動兵器ども。あんなものを生み出すのだから、 人殺しの方法についていつも研究を重ねている奴らがひしめく世界だったのだろう。 今俺たちが使う戦車やその他の戦闘車両。あれもみんな人殺しの道具として造られた物たちだ。 ファブニールもそんな世界から来たのだろうか。 安宿の部屋にしつらえられたテーブルの固形燃料コンロの上で、借り物の小さなヤカンが甲高い音を立てた。 その湯で腰のポーチから取り出した紅茶を淹れる。 ジェインと結婚したときに遠い町の店で高々とふっかけられて買ったものだった。 もうとっくに香りなど失われてしまっていて、色の着いた湯ができるだけの代物だが彼にとっては失われた暖かい日々の思い出へと導いてくれるよすがだ。 ジェインが生きていた頃から、特別の祝い事のときしか飲まなかった。 そう。 戦車に名前がついた記念のつもりだった。 このオクタポンドの町は汚染されていない水脈の上にある為、周囲には沁みいるような緑の豊かな農地が広がっている。 食料も安く新鮮で、まさしくオアシスそのものだった。 近郊の村からは、ラクダ(と呼ばれている)を連ねた交易隊がバギーなどの車両に守られて、絶えず行き来している。 この前に来たのはもう何年前だろうか。あの時はまだ駆け出しで、やっと手に入れた装甲車を廃墟にやむなく放置してしまい、 ナマリ茸だらけにして洗浄しに来たのだった。 ナマリ茸は水分の多い場所に長いこと放置された車にしばしば生える、気色の悪いキノコだが、本当のところ厳密な意味での「キノコ」ではない。 原始的な鉄バクテリアを菌類がくるみ込んだ一種の共生体で、菌糸の間に水分を保持し、 そこに溶けた鉄分をバクテリアが酸化させてその時に生じるエネルギーを使って炭水化物を合成、その一部を菌類が利用するというなかなか器用なやつだ。 ジェインが勤めていた学校の、ひょろりとした生物学教師がそんな話をしてくれたことがある。 普通に取り除こうとしてもなかなか取れない厄介物だが、乾燥した場所で水分を保持するためにかなりの塩分をふくんでいるから、 大量の水をかけると浸透圧で破裂してしまう。 生えたままにしておくとどんどん増えて装甲板を侵すので、ここのような水に恵まれた土地に来たならば、必ず洗車しておくのがハンターの心得なのだ。 翌朝ドックに行くと、親父が砲塔の上によじ登って、左側面の装甲板に40cm四方ぐらいの磨いた金属のプレートを取りつけているところだった。 「そんな仕事を頼んだ覚えは無いがな。」 「サービスだよ。わしゃこの戦車が気に入ったんでな。名前にふさわしくこいつを付けてみた。」 見るとプレートには奇怪な獣のシルエットが描かれ、下に『ファブニール』と刻印されている。 その獣をグレッグは知らなかったのだが、勇壮なシルエットは彼の好みに合っていた。多分この生き物の中に、同じ名前の奴でもいたのかもしれない。 それにしてもこんな生き物が現存したら、戦車で相手したとしてもかなりてこずるだろう架空の生き物だと請合ってくれた親父にちょっと感謝したい気分だったが 「この戦車な、五人乗りなんじゃあないのか?」 唐突に聞いてきた親父の言葉に、グレッグは冷水を浴びせられた気がした。 そうなのだ。 ファブニールは本来、ハンターが一人で動かすようには出来ていない。 どうも戦車の操縦系が電子化される前のものらしく、この町に来るまでもグレッグは操縦席の横についた機銃を何とか片手で操作して、 しつこいロードガンナーの群れを振り切ってきたのだ。 「早いとこ自動装填装置と多重カメラセンサー、それに火器管制用にCユニットは買ったほうがいいだろうな。 残念ながらここのパーツ屋には、それだけのものは揃っとらんが。」 親父の淡々とした口調が,かえってグレッグには厳しく響いた。 主砲が使えなければいずれそのうちに自分は死ぬ。奴らにたどり着く前に。 それだけはご免だった。 ハンターオフィスの係員の態度は実に事務的でそっけなかった。 それは仕方が無い。彼の持ち込んだハンター用のヒットカウンターには、せいぜい1000G分ほどの記録しかなかったのだから。 それにしてもこの程度の金額では、修理代と当座の補給品を買うのが精一杯、 機銃を強力なものにして次の町までなんとかしのごうという彼の算段は、あっさりと崩れる。 「惜しかったですね、もう少し早く出頭して下されば、駆逐キャンペーンの配当金も上乗せして差し上げられたのですが。」 そんなおざなりの外交辞令などに用はない。グレッグは歯ぎしりしながらオフィスを出た。 爆音が轟いた。 右手の崩れかけた廃ビルから、パラパラとコンクリート片が降ってくる。 さらに二発、三発。 砲声だった。町の外から長射程の砲で撃ち込んで来ているらしい。 おくればせにサイレンが町中に響き渡った。 「何だってんだ!?」慌ててビルの下から離れながら、グレッグは毒づきドックへと走った。 何人かの男たちが町の裏門のほうへと駆けていくのが見える。 交易ルート護衛のハンターらしい男の乗ったバギーに引っ掛けられそうになって、グレッグは地面に転がった。 急ブレーキをかけたバギーは10m程スリップして停まる。 「馬鹿野郎!」先に怒鳴り散らしたのはバギーの男の方だった。 グレッグは起き上がりざまそいつに駆け寄った。左ウィンドウから乗り出した男の首根っこを捕まえて締め上げながら問い詰める。 「何があった、言え。」 「この辺を最近荒らしまわってるって噂だった武装盗賊団だよ。 どこで手に入れたのか、戦車を五台も持ってやがる。ここの水に目をつけたらしいんだ。この町はもう終わりだ、あんたも早いとこずらかったほうがいいぜ。」 「それでもハンターか。」 手を離してやると男は捨て台詞とともに走り去っていった。 「手向かおうってでも言う気かよ!勝てるもんか、くたばるがいいさ!」 あの男の言った事は正しい。今のグレッグには戦車五台をまともに相手取るのはかなり無理がある。 だが、それをすんなり受け入れるには、今日のグレッグはあまりにも機嫌が悪すぎた。 勝てないかどうか。やってみるさ、ここで死ぬくらいの器ならどのみちジェインの仇など討てはしないんだろうからな。 ドックは砲弾を受けて半壊していた。まだ砕けたコンクリートの粒子が空中に漂っている。 砲撃は一旦止んで、オクタポンドの町に降伏を呼びかける拡声器からの声が遠雷のように響いていた。 瓦礫の下から突き出ているのは親父の腕のようだ。 「あんたとは短い付き合いになっちまったらしいな。」 そういえばまだ名前も聞いていなかった。このファブニールが最後の仕事になってしまったが、満足だっただろうか。 ハッチを開けていると後ろであの修理工見習の少年の声がした。 「どこに行くんだよ!まさかその戦車で・・・」 買い物に行ってきた帰りらしく、手には酒や食い物の入った袋をぶら下げたままだ。 「そうだ。こいつで奴らと戦う。」 「だって、その戦車は一人じゃ」あの親父め、要らんことまでペラペラとこいつに喋ったのか。 「それでもやるのさ。この辺で戦車に乗ってるハンターは俺だけらしいんでな。」 その時、グレッグの頭の中でひとつの考えが閃いた。 「坊主、お前の名前は?」 「ト、トミーだよ。」 「よしトミー、お前を臨時にファブニールの装填手として任命する。」 何事かと恐怖に顔を引きつらせる少年にグレッグはさらに追い討ちをかけた。 「砲塔ハッチを開けて、乗り込むんだ。」 今の状態では無論、ファブニールで五台相手の機動戦は無理だ。ドックの親父とも話した事だが本来この戦車には三人の砲塔要員が必要なのだ。 指揮官。 装填手。 そして無論、砲手。 だが幸いにしてファブニールを入手して最初にレストアしたときに、馴染みの修理工が指揮官用のスコープも砲手座で使えるように改造してくれている。 エンジンの駆動音が響く車内で、グレッグはかいつまんでそれだけは砲塔にいるトミーに話してやった。 「だから装填手さえいれば、主砲は撃てる。動かずに戦う事さえ出来ればな」 「本気かよ。」 冗談じゃない、やられちまうぜ。そう言って怖気をふるうトミーに、グレッグは意地悪く付け足した。 「戦車が好きなんだろう?こんな機会、そうは無いと思うぜ。」 町の門のそばまできて敵の姿を初認した時、グレッグは思わずほくそえんだ。 どうやら敵の戦車の主砲は75mmらしい。それなら側面に回りこまれない限りは、ファブニールの装甲は撃ち抜かれずにすむかも知れない。 おまけに奴らは戦車を密集させすぎていた。 付け入る隙はある。 「いいかトミー、俺はこれから戦車を一旦停めて砲塔へ上がる。 お前は俺の右側に付け。装填だけに集中すればいいからな。」 グレッグはファブニールを敵の予想火線に対して右30度に位置させると、変速機のギアをニュートラルに放り込み、回転を限界まで上げてアクセルを固定した。 これで砲塔はエンジンからの油圧を受けて敏速に旋回する事ができる。 外ではまだ野盗どもの拡声器が、無法な要求を町に対してがなり立てていた。 「最後通告だ。十秒たって返答が無ければこの町を完全に破壊する。繰り返す・・・」 下衆どもめ。 モンスターや自動兵器だけでもこの世界はこれだけ糞っ垂れだというのに。 水がほしければ普通に買えばいいだろう。 戦車があるのなら、ハンターにでもなって人々の安全に貢献しようとなぜ思わない? 「見てろよ。」 「5, 4, 3, 2, 1・・・」 ファブニールの主砲がくぐもった咆哮を上げた。 盗賊団の戦車の不恰好な砲塔が、車台からはじけ飛んでひっくり返るのが見える。 まずは一台。 「トミー、次弾装填だ。早くしろ。」 熱い空薬夾を二重に軍手を嵌めた手で後ろのハッチから投げ捨てると、トミーはよろけながら第二弾を装填した。 その瞬間、轟音とともに車体に伝わる衝撃。 敵の初弾だった。だが貫通はしない。 「下手糞め。」吐き捨てるような口調になるが、顔は笑っていると自分でもわかる。 よりによって一番装甲の厚い前面部、しかも斜め方向からの着弾だ。貫けはしない。 どうやら敵は戦車戦に関してはズブの素人なのだ。 敵は自動装填装置を使っているらしく、かなりのペースで撃ってくる。 車体の左側面下部で嫌な音がした。キャタピラ部分。履帯か転輪が破損したのに違いなかった。 「素人でもそのくらいのセオリーは知っていると見える。」 だがそれは野戦、尚且つ機動戦でこそ有効な戦法だ。 グレッグはそもそも動くつもりなど無い。 戦車のもっとも原初的な意義は、移動トーチカとしての運用にある。彼はその「移動」さえも捨てて勝ちを拾うつもりだった。 ファブニールの巨体に施された強固な装甲は、いまだ一発の貫通弾をも敵に許してはいない。 そして二射目。今度は機関室を撃ちぬいたようで、敵の戦車は爆炎に包まれる。 膝を折って崩れるような様でその戦車は動きを止めた。 予想外の戦果にグレッグの心は高揚した。勝てる。戦って、勝つ。 砲塔旋回ペダルを踏みこんでファブニールの射界に敵の戦車を捉え、距離に合わせて砲の仰角を調整する。 その一つ一つが今日の勝利と、明日の生とに直結している。 それは戦うものだけが、獣だけが持ちうる充足の時。 今、グレッグとファブニールは、始めて真の意味で一体となったのだ。 第三射。 アンテナを幾つもつけた指揮車両とおぼしい敵戦車が弾庫に直撃を受けて沈黙し、 残る二両はなおも遠慮がちに空しい砲撃を続けながら撤退を始めた。 ハンターオフィスで受け取った報酬はそれなりに満足できる額だった。 どこかの裕福な交易商人が、奴らにいくばくかの賞金をかけてくれていたのだ。 これで、どこかの町で火器管制システムを手に入れられれば、一人でファブニールを操る事が出来るようになるだろう。 敵戦車の砲塔から取り外した自動装填装置も、自分の戦車に合うように改造できるかもしれない。 そうやって、少しづつでも自分の力を蓄える。 そしていつか、ジェインを奪った奴らにふさわしい報酬を呉れてやるのだ。 「これからどうするんだ?」 「おれ、勉強して親方のドックを再建するよ。戦車は好きだけど乗って戦うのはもうご免だな。」 少し逞しくなったように思える横顔をみせて、少年はグレッグの問いに答えた。 「そしたらまた来てくれよ!あんたの戦車、地上最強にしてやるから。」 「ああ。」 地上最強か。そいつはいいとグレッグは微笑した。いつかこの少年の助けを借りて、俺の最後の敵に肉迫する、そんな日が来るかもしれない。 デュラン大佐。 忘れる事の許されないその名に。 オクタポンドの町を彼方後ろに見つつ疾駆するファブニールの操縦席に、 グレッグの歌う、ハンター達お馴染みの進撃の歌が低く流れつづけた。 琥月の感想 今回はバランスさんからの投稿です。 ファブニール・・・デュラン大佐・・・なんか気になる言葉ですね。 この小説の主人公グレッグですが、やっぱりかなり年いってるのかな?(笑) 僕のイメージでは、かなり渋いおじさんです。(^^; 美形ではなく、かっこいいって感じのね。 次も楽しみにしています。 バランスさんありがとうございました。m(_ _)m あと、これもバランスさんから来た小説を手直ししています。 僕の判断で改行をして、誤字、脱字であろうというものを変更しています。 バランスさんも、これはこうしてほしいなどの意見があればくださいな。 バランスさんへの感想はこちらです。 novelsmenu >> next |