外伝  - 銀狼 -  後編

作:バランスさん



 もう何人もの鉱奴の手を経てきたであろうツルハシが、斜面になった岩だらけの地面を、
ほんの30平方cmほど突き崩した。
近年ようやく汚染雲の厚いカーテンを開けて、顔を覗かせるようになった太陽がグレッグの皮膚をジリジリと灼く。

監視員の目を盗んでグレッグは空を見上げた。
雲のむこうの空は、目に痛みを覚えるほどに青い。
新しくまわされた作業場は、吹きさらしの屋外だった。採鉱区域の拡大のために町を取り囲む防壁の外で、
岩と瓦礫におおわれた荒地を平らにする。
それが、グレッグの新しい仕事だ。

以前から作業に従事している大人の鉱奴達は、白くさらした再生繊維で出来た、
体をすっぽり覆うスタイルの服を着ている。
「あれは早く買わなきゃな。」
あの日よけ着があれば、「ぶっ壊れたオゾンソウ」を突き抜けてくるという、
太陽からの有害な光線を防げるだろう。どんな影響があるのか知らないが、大人達が恐れるからには
それなりの理由があるはずだ。
土の毒と同様、気をつけておかねば。

(死ぬわけには行かないんだ。)グレッグはそう自分の中で繰り返した。
理由は二つだ。

一つ目の理由はケイだ。
夜が来るたびに、グレッグの疲れた体を温めてくれる、やわらかな体をした不思議な生き物。
細い腕と傷つきやすそうな肌、母のぬくもりの記憶を呼び覚ましてくれた、
「オンナ」。

俺が死んで、あいつが別の誰かの「巣守り」になるのはイヤだ。

多分そうしたオンナへの愛着が生じて、鉱奴の男達が逃亡や反抗を企てられなくなる、
そのことを見越してフェルナンデスが「巣守り」をあてがっているのだということくらいは、
年よりは幼いグレッグの頭でも、おおよその想像がつく。
だがグレッグの中では、ケイの肌が呼び覚ました母の印象が、執拗な叫びを上げ続けていた。
ここが自分の本当の住みかではないこと。自分が住んでいた世界、母が自分を生み出してくれた世界が、
防壁の外にあるということを。それが、二つ目の理由だ。

いつか、ここから抜け出す。フェルナンデスの思惑とは裏腹に、
ケイをきっかけにしてグレッグにはその決意が生まれていた。


「私は町の外で生まれたのよ。」
着替えながらケイはそう答えた。丁度シャワーを浴びて出てきたところだ。
生い立ちについて尋ねたグレッグへの、それが答えだった。
「幾つまで?」
「ここに来たのは六歳のとき。誕生日の8日あとだったわ。」

すると、ケイは外の世界がどんなだか、少なくとも自分よりも知っているのだ。
そして、母親とは、家族とはどんなものなのかも。
足の裏にトゲが刺さるような、不快さを伴う感情―嫉妬と羨望がわき上がる。
そんなグレッグの心中を見透かしてかどうか。
「外は酷いトコよ。町から少し離れると、あちこちに化けモンがうろついてるわ。
あたしの家族も旅の途中で、砂の中から出てきたミミズみたいな奴らに、体中を穴だらけにされて死んだの。」
事も無げにそう言い放つと、作業服の上から最初の日にも着ていたポンチョを羽織って、ケイは作業に出て行く。

「新しいやつがあっただろ?」着替えも持たずに自分の部屋に来たケイの為に、
トークンをはたいて買い与えた物を、なぜ着て行かないのかとグレッグは不満をあらわした。
「フェルナンデスの手下達に目をつけられたくないの。」
キレイにしてるあたしは、もうグレッグにしか見せないよ。ケイはそう言いながら、
肩越しに振返って少し笑った。
(キレイだ。)グレッグはケイを見送りながらそう思った。
物心ついてからずっと男ばかりの環境で生きてきて、女性の美醜に対する基準の観念などあるわけもなかったが。


昼食の短い休憩。本来の品質基準に照らしても乾燥し過ぎの、
ボール紙のような味の(ボール紙の味などもちろんグレッグとて知らないのだが)Sレーション。
 水で流し込んでも、なお喉をこすってつっかえるそれを、グレッグはボリボリと咀嚼しつづけた。
屋外の現場といってもここはフェルナンデスの庭のようなものだ。ごく緩やかなすり鉢状になった作業区の周辺ほぼ全体が、
すっぽりと監視搭からの視界に収まっている。
少しでもおかしな動きを見せれば、据え付けられた重機関銃が鉱奴たちを肉片に変えるだろう。

すり鉢のその向こうはもう外なのに。

苛立たしい気持ちでその監視搭の一つを見上げると、なにやらあわただしい空気が漂っている。
切迫した調子の声が響き、大きな雨どいのようなものを持った監視員が一人、
大慌てでその鉄骨で出来た搭の上へ梯子をのぼっていくのが見えた。
「何だ?」
そう思った次の瞬間、爆音と共に監視搭の上半分が姿を消した。とっさに頭をかばって伏せたグレッグのそばを、
長さ1mほどの鉄骨の破片がかすめる。

左手の甲に痛みを覚えて目をやると、小さな破片が軍手に突き立っていた。

そっと抜き取るとじわりと血がにじんだ。傷は深くないようだし、血もじきに止まるだろう。
再び爆音が上がった。防壁の一角が其の壁面を大きく削り取られ、コンクリートの微粒子が煙のように舞う。
どこかで「センシャだ!」という叫びが聞こえた。
あたりを見まわすと、今叫んだらしい中年の鉱奴が作業区の外側、すり鉢の縁辺りを指差している。
なにか大きなもの―作業用の重機と同じようなエンジン音をたてる、
怪物のような機械がすり鉢の稜線を乗り越えてくるところだ。
光沢のない薄い灰色の車体が、陽光に照り映えて銀色に輝いて見えた。
 宙へ大きく乗り出すような形になった次の瞬間、壊れそうな音と共に車体を斜面に叩きつけ、
だが恐るべき事には損傷を受けた様子も無く、そのまま同じ速度で這うように進んでくる。

防壁の各所に取り付けられた拡声器が「センシャ」と鉱奴たちの両方に警告を発してどなりたてた。
「第7作業区の全作業員は最寄りの通用口から待避せよ。繰り返す、作業員は待避せよ。
そこの戦車、」拡声器の口調が変わった。
「貴様は、ドン・フェルナンデスの私有地である、このパインブリッジの境界線を侵している。
90秒やる。直ちに出てうせろ!」
屋外で作業していた数人の鉱奴達が、慌てふためいて防壁のほうへと走っていく。
そうこうするうちにセンシャはすり鉢の緩斜面を降りきって、グレッグのすぐ脇までやって来た。
長い金属製のパイプを備えた上部構造をゆっくりと回転させ始める。

轟音と共にパイプの先端から炎と煙がほとばしり、一瞬の後に防壁の向こうの、
コンクリート製の大監視搭が破片をまき散らしながら崩れ落ちた。
センシャの間近にいすぎたグレッグは、発射音と衝撃でその場に打ち倒され、意識を失っていた。

       * * * * * * * * *
 
 頬に何かが当たるさらさらとした感触。
(ケイ?)
居住区のあの殺風景な部屋にいるのだと思った。先に目を覚ましたケイが、長い髪の毛先が軽く触れるほどの高さから、
寝ているグレッグを覗きこんで起こそうとしているのだと。
だが、何かがおかしい。自分の部屋のベッドならば、衣料工場から出た繊維クズを詰めた粗末な、
だが柔らかなマットレスが敷かれている筈だった。だが、今体の下に感じるのは熱気を帯びた硬い金属の塊のようだ。

そう。さっきのセンシャのような―

(・・・センシャ!?)
さっきまでの状況が意識の中に甦る。ハッと見開いた視界の中で、
周りにかかっていた灰色の靄が洗われて溶けたように消え失せ、目の前には見知らぬ男の顔があった。
「気がついたか。・・・安心しろ、オレは敵じゃない。そんな不安そうな顔をするな。」
「俺は・・・?」

「オレの戦車が主砲を撃ったときに、気絶して倒れたんだ。もっと安全確認に気をつけるべきだった、済まない。」
そうか、とグレッグはようやく状況を把握した。体のあちこちに意識を集中して、
ひどい痛みや麻痺が無いことを確かめる。どうやら深刻な負傷はしていないようだ。
そこは先ほどの戦車の車体の上だった。エンジンはこの下にあるらしく、微かな振動と熱気が感じられる。

 起きられるか、と問いながら手を差し伸べるその男をグレッグは見上げた。
整った顔立ちと、手入れの行き届いた肌と頭髪のせいで判りにくいが、年齢は30前くらいと言ったところだろうか。
背中まで伸ばした癖のない長髪はほとんど銀色に見えるほどの薄いブロンドで、
眉間に刻まれた深いしわとあごの下に剃り残したわずかなひげとが無かったら、女と見間違えそうな容姿だ。
半ば光を透過させる軽そうな材質の防具を、上下がつながった灰色の服の上に着込み、膝の高さまでのブーツを履いていた。

「あんたは・・・?」
「オレはモンスターハンター、キルロイ・シルヴァーバーグだ。シルバーでいい。」
グレッグの問いに長髪の男はそう答えた。
「・・・グレッグだ。モンスターハンターってなんだ?」
その説明は長くなるな、と男は笑った。
「おまえはここの『鉱奴』か?その割には眼がまだ死んでないようだが―」
「・・・。」
「カイルって男を知らないか?俺の昔の相棒だ。」
「カイル?チップ拾いの作業場にいるあいつか?。あんたと同じ位の年みたいだったな。」
「じゃあ多分そいつだ。昔の相棒なんだが、この辺りを一人で旅しててそのまま行方知れずになった。もう十年になる。」
危険なんだろうに、どうして一人旅なんか。グレッグが尋ねるとシルバーは答えた。
「ちょっとつまらんことで喧嘩しちまってな。オレが悪かったんだが―」

死んだものとばかり思っていたカイルの消息をシルバーが知ったのは、一ヶ月前のことだった。
このパインブリッジの町にコンピューターの部品を買いに来たハンター仲間の一人が、
たまたま迷い込んだ鉱区の柵の中から、カイルに声をかけられたのだという。
なんとか監視員に見咎められずにその場を離れたそのハンターの報告で、
かねてから奴隷使役の噂のあったパインブリッジに対し、ハンターオフィスが解放作戦を発令することになったのだ。

「この戦車を町に入れたいが、あの防壁はちょっとやそっとじゃ破れそうにないな。」
そう言いながら鋭い眼で防壁を見つめるシルバーの横顔に、グレッグはおずおずと声をかけた。

「あのさ―」
「ん?何だ。」
この男には力がある。
フェルナンデスを倒すことのできる力、俺達を自由にしてくれる力が。

「あっちの北側の壁面にゲートがあるんだ。オオガタシャ用ってフェルナンデス達が言ってるやつさ。
もしあんたのために開けてやったら―」
取引か。シルバーはクスリと微笑んだ。
「何が望みだ?」
「・・・あんたといっしょにここを出て、外の世界を見たい。連れてってくれないか。」
こいつはたまげた。この小僧め、案外ハンターになるタイプかも知れんな。

「人を殺せるのか?」シルバーはグレッグの眼を覗きこんで尋ねた。
グレッグは答えられずうつむいた。
「恐らく一人は殺さずには済まないぞ。銃か、ナイフを使ったことは?」
「ナイフなら・・・何とかなると思う。」
「よし。」

使うのは簡単だが、人間を刺すのは自分も痛いんだぞ。

内心そう呟きながら、シルバーは愛用のナイフの一丁を、グレッグに手渡した。
シンプルな造りの丈夫な木製の鞘に収められた、やや反身のブレード。
昔倒した「ヤクザ」とかいう組織の、幹部の一人が使っていたものだ。

そして打ち上げ式の発煙弾を一個。
「ゲートを確保したら、こいつを打ち上げろ。」

待ってるぞ。
シルバーの声を後ろに、グレッグは仲間がさっき逃げ込んだ通用口へと走っていった。

「早く入れ。もう通用口を閉めるところだったぞ。」
通用口の奥のドアを通るときに監視員の一人が声をかけてきた。
「す、すみません。」
慌てふためいた風を装って、グレッグはその男の前から走り去った。
早くシェルターに入れよ。敵襲だぞ。後ろから怒鳴る声がして、グレッグは片手をあげてそれに答えて見せる。
大監視搭が吹き飛ばされたこともあって、シルバーの戦車の砲撃はひどい混乱をパインブリッジの町にもたらしていた。
何人もの監視員や、これまで見たことも無いような重武装の男達が辺りを走り回っている。
シルバーの乗ってきたセンシャよりはずっと小ぶりの機械に、
何人もの男達が乗りこんで第7作業区の方へ向かっていくのが見えた。
(あそこのゲートは狭いから、シルバーは通れないな。)


人の流れと反対に走って、グレッグは北側のゲートのそばまでたどり着いた。
ゲート横の詰所はドアが開けっぱなしで、中にはSMGを肩から下げた男が一人、
四角い箱を頬に当ててどこかと通信しているようだった。

「何だって?状況を知らせろ、どうなってるんだ?!」
通信は一方的に切られたらしく、男は「糞っ垂れ!」と毒づいて箱を置いた。

「助けて!」
そう叫びながらグレッグは男に駆け寄った。
「何だ?おまえ、鉱奴じゃ・・・」男の誰何には答えず、そのまま左腰の辺りにむしゃぶりつく。すえた汗の匂いがした。
「落ち着け、何でこんな所に―」
男の言葉はそこで途切れた。
サイズの大きすぎる作業服の中に隠し持っていたナイフでグレッグは男の脾腹を深くえぐっていた。
「こ・・・」こん畜生、とでも言いかけたのか。その先の言葉はもう出ない。
腹からもぎ取るように抜くのは力が要ったが、グレッグが男から身を離しながら、
血に濡れたそのナイフで今度はのど笛を切り裂いたのだ。

男が事切れるのを確認して、グレッグはゲートの操作パネルに向き直った。
まだ、動悸と体の震えがおさまらない。ちょうど―ケイと初めて性交した時のような感じだ。
もちろん、こっちの方がずっと後味が悪い。
人一人殺すということは、想像以上に心に負担がかかる行為だった。
腕の中でびくびくと痙攣した男の肉の感触がまだ去らぬまま、胃袋の辺りから焼け付くような感じが上がって来て、
グレッグは口の中に逆流してきたSレーション混じりのすっぱいものを、男の死体の傍らに吐き散らした。

パネルはごく簡単な配置になっていた。ほとんど字の読めないグレッグにも、これなら操作できそうだ。
もっとも、このご時世に読み書きのきちんとできる人間の数なぞ、たかが知れているというものだが。
黒い操作パネルに白い塗料で、ゲートのそれぞれ「開」、「閉」の状態を表しているらしいマークが描かれたボタンがあり、
その横に
「O P E N」
「C L O S E」
と描かれている。
「これが『開ける』、こっちが『閉める』だな。」グレッグは口元を袖でぬぐいながらほくそえんだ。
「文字」の読み方を一つ覚えてやったぜ。
グレッグは傍らの死体のポケットを探ってライターをくすねると、それで発煙弾に火をつけた。
ゲート詰め所の窓から空へ向かって、鮮やかな緑色の煙が一筋伸びていく。
 さっき男が頬に当てていた箱が、パネルの横で甲高い耳障りな音を響かせた。
なんとなく好奇心を刺激されて手に取り、男がしていたように頬に当ててみる。
「北ゲートコントロール?こちら中央管制室。今の煙はなんだ?報告せよ!」
(うるせえな。)グレッグはこういうキンキンした声でしゃべる男が嫌いだった。
「・・・フェルナンデスに伝えてくれよ。」

なぜかひどく大胆な気分になって、グレッグは箱に向かってしゃべり続けた。
「あばよ。ってな。」
そのまま箱を下に戻す。再び呼び出し音が鳴ったが、もう出る気は無い。

しばらくするとゲートの外で鈍い爆発音が響いた。
合図代わりに撃ちこまれた砲弾だろう。
グレッグが開閉ボタンを操作すると、開いていくゲートをすれすれにくぐり抜けて、
シルバーの戦車が姿をあらわした。詰所から出ようとして外を見たグレッグは、
町の奥からさっきの小型の機械が何台か姿を現したのに気がついた。
雨どいのようなものを肩の上に構えた男達を、乗員以外にも何人か上に乗せている。
 
よく見ると「雨どい」の先端には、小さなバケツを二つ、口のところで向かい合わせにくっつけたような物体が取り付けられていた。
そして、男達が「発射!」という声と共に一斉にその「雨どい」の把手を操作すると、ものすごい煙を噴き出しながら先端の
物体が戦車に向かって空中へと飛び出した。
だが次の瞬間、戦車の上部の回転する部分の上に取りつけられた、銃身を6本束ねたグロテスクな機関砲が火を吹いた。
恐ろしい勢いで無数の弾が発射され、「雨どい」の発射体の幾つかが空中で爆発、
さらに射線の奥で「雨どい」を抱えていた男達が、ばたばたとなぎ倒された。
機関砲の掃射がやんだあと2〜3発の発射体が戦車に到達し、車体の表面で火を噴いたが、戦車の動きは止まらなかった。
そのまま詰所と敵の機械との間をさえぎるような形に停車し、主砲を敵に向ける。
「グレッグ。聞こえるか。ハッチを開けるから戦車の後ろに回れ。乗せてやる。」
詰所から飛び出し、車体の横をまわりこんで後ろへ行くと、分厚い装甲ドアが怪物の顎のように上下に開いていくところだ。
駆け込むと後ろでドアがゆっくりと閉まり、そこは白っぽい塗料で塗り上げられた、奇妙に清潔感の漂うキャビンだった。

「よくやった。」キャビンの奥、前方から声がした。
「戦車に乗るのは初めてか?これから居住区を解放する。飛ばすから少し揺れるぞ。
ちゃんとその辺のシートに座ってろよ。」
複雑そうな電子装置に囲まれた座席ごしにシルバーの長い髪が見える。
彼の前方には外の光景を映し出すモニター・ディスプレイが、フェルナンデスの部下たちの乗った小型機械の群れを捉えていた。
足元から感じる振動と共に戦車がその向きを変え、さらに前進を始めた。
ディスプレイの中の敵が次第に膨れ上がっていくのが見える。
グレッグとシルバーの間にある、天井につながった円形のプラットホームがモーターの唸りと共に回転し、
上のほうでくぐもった無気味な音がした。
「何だ?」
ふとディスプレイに目をやると敵の機械の一台が炎上している。
「装甲車、撃破。照準を次目標へ。」シルバーの声と共に、プラットホームがまた少し回転し、
例のくぐもった音の後でもう一台が動きを止めた。
「・・・これは―」
「ああ、今のか?この戦車の主砲、120mmライフル砲を撃ったところだ。何だ、大砲を見たことはないのか。」

ま、無理も無いか。ずっとこの町で働かされてたんだろうからな。
そう呟く声が聞こえて、グレッグは少しみじめな気持ちになった。
(ほんとに俺は何も知らないままにされて生きてきたんだな。)

シルバーはしゃべりつづけている。どうやらこの男は、相手が理解しているかどうかあまり気にせずにしゃべっていられるらしい。
「もともとこのウルフには140mm滑腔砲が標準装備なんだが、オレはライフルのほうが好みでな。
口径が小さい分弾丸も多く積めるし―いかん!!」
突然、戦車が急加速し、グレッグはすんでの所で横倒しに床に叩きつけられかけた。
「どうしたんだよ?」幾分抗議も交えてグレッグが聞く。
「建物の上から対戦車ロケットで狙ってやがった。こいつの砲じゃあそこを狙えるほどの仰角はつかないからな。
・・・グレッグ、戦闘を手伝ってくれる気はあるか?」
「あ、ああ。もちろん。どうすればいいんだ?」
「その、目の前の丸いヤツの上が砲塔だ。主砲の左側に60mm迫撃砲がある。
敵の位置と照準の合わせ方を指示するから、発射してくれ。」
そいつまでは火器管制装置のスロットを廻せなかったんだ、とシルバーはまたグレッグには解らないことを言う。
グレッグはプラットホームに立った。
「砲塔に上がったら、左側のヘッドホンをつけろ。・・・聞こえるか?」
左側を見まわすと、頭につけるものらしい金属製の半円形になったベルト状の物に、
耳当てらしい丸い物のついた装置が眼に入った。手にとって頭にセットする。
「これか。よし、聞こえるぜ、シルバー。シジしてくれ。迫撃砲って、この天井に斜めに付いてるヤツか?」
「そいつだ。横に小さなモニターがあるな?そいつが迫撃砲本体と同調するカメラにつながっている。
砲弾は斜め下の黒いケースの中だ、解るな。」
それらしいケースの中に、握りこぶしほどの大きさの、重そうな物体が並んでいる。
「本体の端のふたを開けて装填する。そのそばにあるボタンが撃発器だ―まだ押すな。
砲の中ほどにあるハンドルを持って、モニターの真中にある交差したラインに目標が合うように調節するんだ。
本来は直接照準で使うものじゃないが、こういう使い方も出来る。」
恐る恐るハンドルを動かすとそれにしたがって、モニターの中で周りの景色が移り変わっていくのが見える。なるほど、こうか。
「ここからしばらく高い建物の間を通る。指示したらすばやく狙って、発射しろ。
グレッグ!右上、60度―目盛りを上へ30だ!」
指示どおりに何とか動かすと、モニターごしに「雨どい」を構えた男が見えた。
「見えたぜ、シルバー!」発射ボタンを押す。
ボシュッという音ともに砲弾が飛び出していき、やがて上方で鈍い爆発音がした。
ばらばらと何か天井に当たる音がする。砕けたコンクリートの欠片が落ちてきたのに違いなかった。
モニターを覗いたが「雨どい」の男の姿はもうそこにはなかった。
「よし、上手いぞ。初めてにしちゃ上出来だ。」

「いたぞ、次!左前方、上に目盛り20!」
「了解、発射!」
シルバーが教えてくれた新しい言葉も使いながら、グレッグは無我夢中で迫撃砲を撃ちつづけた。
旧時代の瓦礫と再建された建物の入り混じるパインブリッジの街中を、
シルバーの戦車、「ウルフ」はそのくすんだ灰色の車体を慣性で振り回しながら、鉱奴居住区へと進んでいく。
この辺りにはもうさほど高い建物は無く、グレッグはようやく迫撃砲を撃つ手を休めた。
「雨どい」を持ったヤツを15人くらいは吹き飛ばしただろうか。
その間にシルバーのほうも、主砲と22mmバルカン(そんな名称らしかった)とで20台くらいのソウコウシャと
徒歩の敵50人あまりを片付けている。
組織立った抵抗はもう殆ど止んでいた。
「さてと、カイルを探さなきゃならんな。」シルバーが呟いた。
「グレッグ、オレはこれから戦車を降りて昔馴染みを探しにいく。どうする?戦車の中で待ってるか?」
グレッグは一瞬迷った。戦車の中は安全だ。
だが、この2週間慣れ親しんだ柔肌の感触と、心地よい柔らかな声がグレッグを強く駆りたてた。

 ケイを連れていく。
いっしょにここを出て、二人で―
「シ、シルバー。俺も降りるよ。連れていきたいヤツがいるんだ、俺にも。」
「ほう?・・・いいだろう。で、何者なんだ?」シルバーの何気ない視線がひどく鋭く、グレッグを貫いた。
きっと町の外ではそんなことは行われていない。男とオンナは誰かの都合で割り当てられるのではなく、
きっと自由に出会って、そして自由に―。後に続く言葉を、グレッグは知らなかった。
その無知が急に悲しくなってグレッグの喉はつっかえた。
「俺の・・・巣守りだ。」やっとのことでそれだけを、しぼりだすように告げる。
だがシルバーは気にも止めていないようだった。
「急げよ。それから俺がいない間、戦車は周りに近づくものに無差別に機銃を撃つ。
戻ってきて俺がいなかったら、少し離れて待て。」
「わかった。」駆け出すグレッグを見送りながらシルバーはため息をついた。

(可哀想にな。愛するって事が何なのかわかりもしないうちに、セックスで縛られ合ってるんだ。
フェルナンデスめ、酷いことをする。)
事前の調査で鉱奴と巣守りのことは大体わかっていた。
(ま、似たようなことは外でも別に珍しくはないがな。)
コックピットのパネルに並んだスイッチの一つを押すと、あらかじめ録音済みのメッセージが拡声器から流れ始めた。
『不当に拘束され、抑圧と搾取に甘んじてきた、パインブリッジの労働者ならびに兵士諸君。
本日を持って犯罪的占有者、ドン・フェルナンデスの支配は解除される。
合法的手続きを経てこの町はハンターオフィス連合の管理下に入り、然る後に民主的統治が布かれるであろう。
武器を捨てて互いに助け合い、秩序を持って行動せよ。
簡略な手続きの後は、諸君には完全な行動の自由が保証され、
当地域の市民社会には諸君を受け入れる十分な余地がある・・・』シルバーは薄笑いを浮かべた。
「全く、どうしてオフィスの連中は、いつもこういう言いまわしをしたがるかな。」
おずおずと物陰から顔を出しこちらをうかがう鉱奴たちは、やがてゆっくりと戦車を遠巻きにして集まり始めた。

「よし、全員そこの広場に整列。戦車には近寄らないように指示があるまでそのままで待機していてください・・・」
まもなくオフィスから臨時編成の治安部隊が到着するはずだ。
志願したハンターたちと、審査済みのソルジャーたち、そして近親者をこの町に捕らえられている可能性のある、有志の市民たち。
後は任せておけるな。シルバーは悠然と見えるよう努めながら戦車から降り立ち、
懐かしい顔を探して居住区に分け入っていった。


部屋にたどり着くと明かりはなく、薄暗い中に人影があった。ケイだ。
「帰ってたのか。良かった、無事だったんだな。」グレッグはほっとして、体の力が抜ける感じがした。
奥へと歩み寄りながら手を差し伸べる。
「ケイ、いっしょに行こう。この町とおさらばするんだ。二人で自由に生きよう。」
ケイは答えなかった。
「外の世界を見て回るんだ。来てくれるだろう?」

「いや。」たった一言。引きつった声がそう告げた。
暗さに目が慣れると、ケイが肩から短い上着を羽織っているだけで、後は何も着ていないことが見て取れた。
そして、右手に不恰好な金属製の物体。
ゆっくりと持ち上がった右手が自分の胸に擬せられて、グレッグにもようやくそれが銃であることが解った。
「シェルターに一遍入ったけど、あなたが来ないから、きっと出て行くつもりだと思ったの。
外になんて行きたくない。怖いわ。あたしが外で何を見たか―」
後ろの方は涙でつまって声にならない。
「行かないで。ほら、あたしを見て、グレッグ。ここで一緒にいてよ。」
「その銃は―?」鉄板をプレス加工したものらしい、不恰好な物だ。
まるでブリキ缶のように見えるそれは、グレッグの目で見てもひどくお粗末な代物だった。
「巣守りの訓練の後、渡されたの。相手の男が逃げ出しそうになったら、これで撃てって。
お笑いでしょ?一発撃ったら多分壊れるわ。巣守りがこれを持って反抗するのも怖かったのね。
でも、この距離ならあなたを殺せるわ。」
馬鹿な真似は止せ、とグレッグは叫んだ。
「俺を撃って何になる。」
「誰にあてがわれるのか決まるまで、すごく怖かったわ。でもあなたを部屋の前で初めて見たときとても嬉しかったの。
二つ年下で、やさしそうで可愛くて―」
肩を震わせて涙を流しながらしゃべりつづけるケイは、ひどく混乱していて、小さく、そして惨めに見えた。
「あなたを失いたくないわ。でも外に出るのはもっといや。」
「やめろ。そいつをこっちに寄越せ。落ち着くんだ。シルバーと行くんだ、危険なんかないさ。ケイ!」
ケイの右手の銃が火を吹いた。45口径の実包が恐ろしい音を立て、グレッグは思わず目を閉じた。
肩口に衝撃が加わった。なれない女の細腕で、こんなでたらめな銃をまともに撃つことなど、どだい無理な話だ。
弾道はグレッグの胸から大きくそれていた。

くたくたとひざをついてへたり込んだケイに、グレッグは肩を押さえながら近づいて、その粗製の単発銃をむしり取った。
「ひどいな。痛いよ、ケイ。」
もういい、俺はなんと言われようと外へ出る。
「無理言って悪かった。でも俺は行くよ。ここは―おかあちゃんが俺を生み出してくれた世界じゃない。
ついて来て呉れないなら俺は一人ででも行く。」
手ひどい喪失感がグレッグを襲った。「ブリキ缶」はグリップの弾丸ケースに、まだ数発の弾を残している。
ケイの足もとの床にそれを放り出し、戸口のほうへ向き直ってそのまま歩き出した。
「撃ちたきゃ、弾を込めなおして撃ってもいいよ。」
返事はない。出血して痛む肩を押さえながら歩くグレッグには、結局一発の弾も飛んでは来なかった。

一人じゃないな。シルバーと、ひょっとしたらカイルも来る。
ケイ。さよならだ。ケイといっしょに寝るのはいい気持ちだった。

戦車のところに戻ると、シルバーは一人で待っていた。
少し離れたところに、鉱奴たちが固まって並んでいる。回りには見なれない一団が、
彼らを守るように立っていて、何人かの負傷したものには応急手当が行われていた。
「一人か。どうした、怪我してるじゃないか。あっちに行って、手当てしてもらって来い。」
シルバーはグレッグの方を見ずにそう言った。

「カイルは?あんたの探してたやつだったんじゃないのか?」
「カイルは―死んだ。」何だって。グレッグは息を呑んだ。
シルバーはむこうを向いたまま続けた。
「俺達が起こした騒ぎに乗じた鉱奴と、監視員との衝突が鉱区で起きたらしい。
やつは子供をかばって、撃たれた。」
 鉱奴たちの中から、グレッグを呼ぶ声がした。
「グレッグ!カイルが、カイルが僕のせいで・・・!」
ジョッシュだった。そうか。
「守ってくれたのか。俺との約束―」とたんに目の前が真っ暗になってグレッグは
その場に崩れ落ちた。

 目がさめると「ウルフ」の車内だった。
肩口には包帯が巻かれていてかすかに薬の匂いがする。
「気がついたか。」
コックピットから振り返ってシルバーがさびしそうに笑った。
「フェルナンデスは地下道から脱出したらしい。俺はやつを追うことになった。」
「ここは?」
「隣の町へ向かう街道の途中だ。もう降りられんぞ。カイルがいない以上、おまえに代わりになってもらわなきゃならん。
みっちり仕込んでやるからな。射撃、整備、操縦、コンピューターの扱い、ハンターに必要な知識と技術、全部だ。」
そして、びっくりするほどやさしい笑顔で付け加えた。
「あと、読み書きと言葉遣い、それと一般常識も必要だな、おまえには。」


「よろしく頼む。」
「『お願いします』って言うんだ、そう言うときには。」
笑いながら言うシルバーに答えずに、グレッグは砲塔に上がってハッチから顔を出してあたりを見まわした。
月が出ていた。
冷たくすんだ砂漠の夜の中を、銀色に輝く鋼鉄の狼が、再び長い旅へと旅立つところなのだった。

       * * * * * * * * *

「そうして俺はシルバーと一緒に5年の間旅をした。フェルナンデスはすぐに見つかったよ。
街道でわずかな部下と山賊の真似事をしていたんだが・・・」
いつのまにかアリサの相槌は途絶えて、規則正しい呼吸の音だけが聞こえていた。
 何だ、もう寝てたのか。まあいい。子供にゃ聞かせられん話もしてしまったからな。
だいぶ前のほうで寝てくれてればいいんだが。
「まったく、今日はどうかしてるよ。」大きくひとつあくびをすると、疲れていたグレッグは深い眠りに落ちた。

 闇の中でアリサがパッチリと眼を開いた。
(寝たふり、得意なんだもんね。全部聞いちゃったよ)
ひどい話。グレッグも、ケイさんもみんなひどいよ。自分の気持ち,自分の都合。
そんなものばっかりでさ。
二人は本当に愛し合うことだってできた筈だったんじゃないの?
一番悪いのはフェルナンデスだけど―
(私だったら、そんなヤツの悪意に押し流されて、好きな人を手放したりなんか
絶対にしないわ。)寝袋の上に上体を起こしてグレッグの方を見つめた。

「私、どうしてグレッグについてきてるのかな。」
機械好きなアリサにとって、グレッグの戦車は強い興味と憧れの対象だ。
だがそれだけではアリサのグレッグ自身に対する感情は説明がつかない。

 母があまり話してくれない父のイメージに無意識のうちに重ねて見ているのかも知れなかった。
決して力強くはないが、いつも諦めずに最善を尽くす、悲しみに疲れた顔にどこかまだ澄んだ少年のまなざしを残す男。
今日語られた物語の中の未熟で不器用な子供から、どれだけの歳月と厳しい戦いを積み重ねてきたのだろう。
(まだ今はよくわからないけど、多分私はグレッグのことが―)
途端に顔が真っ赤になる。
「寝よ。」そのまま寝袋の中にもぐり込むように横になり、今度は明らかにさっきより小さな寝息と、
かすかないびきが聞こえ出した。

外の雨の音は一度激しくなり、その後で次第に弱まっていった。

琥月の感想

前後編の感想をここで書きますね。(^^;
後、こういう感想ってちと苦手でして、なんか毎回同じような感想になっちゃってすいませんです。

それで今回、めちゃくちゃ長かったですね(^^;
それ相応に楽しませてもらいました。
グレッグの若かりし頃、ケイとの別れが悲しかったですね。
お互いに相手を必要としていたのに、グレッグは自由と未来を掴むため外に出ることを望み、
ケイは安全と今を守るために外に出ず、グレッグといっしょにいることを望んだ。
どっちも大切で、誰もが望むこと
あたりまえのことだけど、どちらも譲ることができないグレッグとケイの思い。
アリサがこの話を『ひどい話』と言ったようにみんなひどい…
けど、二人ともこういう道を選んで今がある。
ケイがどうなったのか分かりませんが、二人とも可哀想ですね。

後、ケイが最後に使った銃の意味、まさかあんな意味があったとは(^^;
というかそのネタバレってここでしてもいいものなのかしらw
ってことで了承があったんでココにありますですw

なんか途中から自分の書いてることがおかしくなってるような(汗
変な感想ですいませんバランスさん
メールで言われたこともちょっとあって、ちょっとシリアスっぽく書いてみたんですがどうでしょう。(激汗



バランスさん、ありがとうございました。m(_ _)m

あと、これもバランスさんから来た小説を手直ししています。
僕の判断で改行をして、誤字、脱字であろうというものを変更しています。
行間については元の通りにしたつもりです。
改行についてはどうしていいのかわからなかったので、やり直せと言われれば直します。(^^;
今回、後編といっしょに前編の修正版が送られてきたのでこちらも直しています。

バランスさんへの感想はこちらです
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