黒猫のティーゲル

第三話  砂漠の旅人

作:pdさん


 砂漠を行くことは海を渡ることに似ている。
 同じ風景が延々と続く砂漠は海によく似ていて、直ぐに自分の居場所を見失ってし
まう。よっていつも自分の位置を見失わないように常に気を配っていなければいけな
い。 
 大破壊前の世界では衛星軌道からのGPSなどで直ぐに居場所がわかったが、そん
な便利な技術は失われて久しい。
 もちろん、普通に定期航路を進むのならば、砂漠に点在する町々が協力して作製し
た地図があるので問題はないのだが、生憎とエディフェルは定期航路から大きく外れ
た道無き道を進んでいた。
 
「あう〜暑いよ〜」

「文句を言わない」

 ヘッドセット向こうから聞こえる情けない愚痴をエディフェルは間髪入れずに
シャットアウトした。

「あう〜、そっちに行ってもいい?」

「駄目です」

 にべも無い。
 すげなく返り討ちにされたマコトは抗議に声を上げた。

「何で駄目なのよっ!」

「狭いからです」

 そっけない、それこそエディフェルの周り、エディフェルの相棒であるティーガー
Tの車内余剰スペースの全てにぎっしりと詰め込まれた携帯食料よりもそっけなく、
エディフェルはマコトの心からの抗議を打ち砕いた。

「あうぅ〜」

 情けない、しおれた声でマコトは言葉を切った。
 一応、エディフェルはマコトの体感している地獄、灼熱の装甲車の車内がいかに人
体の限界を超えたものかは理解していた。むかし初めて砂漠を旅したとき、クーラー
がいかに重要なものか身をもって知らされている。
 ハンター一年生であるマコトには良い経験だろう。
 エディフェルはそう考えて一時間前から続く不毛なやりとりはずっと続けていた。

『経験は最高の教師』

 エディフェルは両親を早くに亡くして、叔父に育てられたが、それは叔父の口癖
だった。
 ただしエディフェルと2人の姉、1人の妹はその後に『だが、授業料が高い』と付
け加えるのを常にしていたが。

「クーラー付けておけば良かった」

 マコトの乗っている装甲車は1週間ほど前まで現役の無人戦車群の装甲車だったも
のを捕獲して改装したものである。
 当然、人間が乗ることを前提としていないので空調など存在しない。

「干からびて死んじゃうかも」

「死にません」

「干からびた死体を見つけた後で後悔してもしらないよ」

「大丈夫です。外に捨てれば野生動物が食べてくれますから」

「あう〜」

 それっきり、マコトは完璧に沈黙してしまった。やや、哀れっぽいものがある。
 エディフェルはすっかりしおれた調子で無線機の前に座るマコトの姿を想像してた
め息をついた。
 どうにも非情に徹しきることが出来ない。自分は随分と甘い性格をしているらし
い。

「マコトさん、休憩にしましょうか。携帯食料と水しかありませんけど」

「うん、直ぐ行くー」

 泣いた鴉がなんとやら、首輪のように見えなくも無い喉頭式マイクの向こうは砂漠
の大気のようにからっと晴れている。
 エディフェルはマイクの向こうから聞こえる慌しくハッチを開ける音を聞きなが
ら、柔らかい黒毛の猫耳の裏をポリポリと掻いた。
 騙された。相手はキツネ科亜人だった。キツネが人を騙すのは絵本の中にでも出て
くる有名な話ではないか。
 今ごろマコトのキツネ耳は改心の演技の成功にひょこひょこ踊っているだろう。
 なんとなく悔しいので、エデイフェルは携帯食料の内で一番古いモノを油臭い木箱
の中から取り出した。



 2週間前

「ブラッディロードって知ってますか?」

 広い車内、二チェス市の公用車は、エディフェルに税金の使い道に酷い疑念を感じ
させる程豪華だった。
 窓ガラスにはシャドウが入っており、明かりの少ない夜の街と合わさって車内は暗
い。その所為で依頼人であるサユリ・クラタの明るい声は酷く場違いなものに感じら
れた。

「あう〜わかんない」

「禁制品を運ぶ、密輸ルートのことですね」

 車内にいる人間は三人。その中で生粋の人間といえるのは一人だけ。今声をあげた
2人は頭に一対の人間以外の耳を持つ亜人種だった。
 一人は猫耳の少女、ベテランのハンターであるエディフェル、もう一人はキツネ耳
の少女、新米のハンターでもあるマコト。
 2人の経験の差がはっきりと分かる瞬間だった。

「つまり、それを壊滅させることが依頼なんですね」

 エディフェルはその容姿に全く似ても似つかぬ内容の言葉をさらりと言った。

「流石は戦車兵ですね〜話が早くて助かります。でも今度の依頼はちがいますよ〜」

 そう言って、サユリは傍らに置いた封筒から一枚の写真を取り出した。

「これはですね。昨日サユリの部署に届けられたものなのなんです。かなり気持ち悪
い写真ですから気をつけてくださいね」

『じゃあ、見せないでほしい』

 エディフェルは死体写真を見せてくるサユリを見ながら、そう思った。死体は見慣
れているけれど、好んで見るものではない。
 それでも依頼人の行動にはそれなりに意味があるのだろうから、一応エディフェル
は写真を受け取って、さらっと一瞥した。
 写真の中の男は酷く特徴の無い顔をした男だった。いや、特徴の無いのが特徴なの
かもしれない。とは言え、特に不信な点はない。普通の死体である。

「ある種の黴は、生活範囲を広げる為に昆虫を利用することがあるそうなんです」

 突然、サユリは話題を変えてきた。

「それとブラッディロードと何の関係があるのですか」

 ややエディフェルはきつい調子で言った。さっきから話の脈絡がなさすぎる。それ
が相手の話術なのかもしれないが、回りくどいやり方はエディフェルの好むところで
はない。
 だが、サユリはエディフェルの静かな苛立ちを全く無視して後に続けた。

「その黴に寄生された昆虫は無意識のうちに高いところへ上ろうとするようになるん
です。種族は関係なく。その写真は街で一番高いビルの階段で撮影されたものなんで
す。もう一度写真をよく見ていただけませんか」

 そう言われて、エディフェルは再び写真に目を落とした。
 前に軽く見た時とほとんど同じ死体しかフレームの中にはいない。それでも注意深
く見れば、妙なところがあちこちにあった。

「その黴に寄生された昆虫は高いところに上った後、内部の黴が爆発的に増殖して爆
発するそうなんです」

 これまで張り付いていた明るい笑顔が剥がれ、その下からは真剣な表情が覗いてい
た。

「この死体は黴に寄生されていたと言うわけですね?」

「はい。今回はとても幸運でした。屋上にはつく前に階段から落ちて死んでくれまし
たから。もし爆発していたら、大変なことになってでしょうね」

 深刻な表情でサユリは言った。
 実際は大変なところではなく、街が滅亡しかねない事態である。大破壊の際に使用
されたらしい生物兵器が風土病化して人間を脅かすことは珍しくないが、それでもこ
の黴は危険すぎる。
 明るいシャンデリアに照らされた車内に暗い沈黙が降りる。誰もが最悪の事態の想
像に顔を青ざめさせていた。

「特効薬とかは無いのですか」

 エディフェルの問いにサユリは首を振った。

「黴は抗生物質を始めとして普通は医療に役立つモノなんです。黴に効く薬はありま
せん。一応消毒液等で殺せますが…」

 そこでサユリは言葉を切った。いくら何でも消毒液ではどうしょうも無い。そんな
ものを飲んだら人間も死んでしまう。
 めったに見せない笑顔以外の表情を見せながらサユリは更に言葉を続けた。

「死体を回収してくまなく調べた結果、黴に寄生されていたのは前からサユリの部署
が目を付けていた麻薬の運び屋であることが分かりました。前にいた町では無事だっ
たことも分かっています。だから…」

「だから、その間。その運び屋が通ったと思われるブラッディロードのどこかで黴に
寄生された?」

「そのとおりです。エディフェルさん」

 ようやく、サユリはいつもの微笑みを取り戻した。
 たったそれだけで暗かった車内の空気が明るく、軽くなった気さえする。エディ
フェルはサユリの笑顔に家のムードメーカーだった妹の笑顔を思い出していた。
 不意に浮かんだ郷愁を振り払う。
 それはもう戻らない日々の思い出であり、それが思い出であるが故に自分はここに
いるのだから。

「エディフェルさん?聞いていますかぁ?」

 何時の間にか覗き込むようにしてサユリがエディフェルを見ていた。
 慌てて、うつむき加減だった顔と表情を仕事用に切り替える。

「いえ、すみません。ちょっと気分が悪くて」

「ほえ?どうしましょうか。少し夜風にでもあたりますか?」

「いいえ、大丈夫です。話をつづけてください」

 そう言うエディフェルの表情はいつもの冷静そのものに戻っていた。
 
「それじゃあ、話を続けますね」

 心配そうに視線を送ってくるサユリを意図してエディフェルは視覚から外した。五
感の制御など亜人種ではポピュラーな技である。
 仕事の段取りはどんどん決まっていく、最後までエディフェルは心配げな声で話す
サユリを視界から消しつづけていた。
 そうでないと、サユリの心配げな顔に妹を思い出してしまう故に。



 現在

 戦車の車内はとても狭い。
 どれくらい狭いかというとウサギ小屋の方がまだマシと思えてしまうくらいに狭
い。故に大昔から戦車兵は小柄な者が選ばれてきた。大柄な戦車兵では車内の行動に
支障をきたすためである。
 その点ではエディフェルもマコトも戦車兵の理想とも言えた。多少、ヘルメットか
ら飛び出た耳が邪魔になるくらいで、二人とも狭い車内を猫のように動き回ることが
出来る。
 だが、その二人でも今のティーガーは狭すぎた。

「あう〜狭い」

「じゃあ、出て行ってください」

 エディフェルが作っておいた紅茶を3杯もお代わりしておいて、さらに文句を言う
マコトにエディフェルはすげなく答えた。
 
「あうっ!ごめん、ごめん」

「もういいです」

 そっけなくエディフェルは言い、こっそりため息をついた。
 自分の意志で連れてきたとはいえ、なぜそうしたのかいまいち自分でもよく分から
ない。たしかにマコト酷く困っていたし、この仕事では支援車両が欲しかったから、
ちょうど装甲車を持っているマコトを相棒に引きいれるのはある意味、理にかなって
いる。
 こっそりと、エディフェルはフルーツ味の固形食糧を紅茶で流し込むマコトを見た。
 一瞥しただけでは普通の少女にしか見えない。ハンターとしての常識も可能な限り
ゼロに近いし、まともな買出し一つ出来ない。この仕事の前に食料の買出しに行かせ
たら、持たせたお金で山のように肉まんを買ってきた前科がある。
 なのに…
 
「どうして、戦闘能力だけは飛びぬけて高いんでしょうね…」

「何か言った?」

 どうやらマコトは食べることに夢中で気がつかなかったらしい。
 いちいち説明するのは面倒なのでエディフェルは適当にごまかすことにした。

「いえ、なんでもありません。それよりも紅茶のお代わりはどうですか」

「のむのむ〜」

 嬉しそうに言うマコトに少しだけエディフェルは微笑んだ。
 問題は多いけれど、この素直で単純なところは好感が持てる。
 エディフェルは狭い車内の一角に設えた電気ポットから紅茶を注いだ。猫舌で薄味
好みのエディフェルに合わせて紅茶は可能な限り薄く、冷ましてある。
 
「それにしても狭いですね」

 電気ポットは半ばまで車内を埋める各種補給物資で埋まっていた。
 
「マコトの車は狭い上に暑いのよ。これくらい平気よ」

 紅茶を受け取りながらマコトは言った。
 エディフェルが“黴”の生息地を探す旅に出てから既に1週間、まだまだ車内に
ごってりと積み込んだ食料、武器弾薬は減る様子を見せない。
 依頼ではブラッディロードの何処かとしか“黴”の生息地は分かっていない。
 通常の定期航路から遠く離れた、それこそ官憲の追跡を逃れるために深砂漠の大渓
谷を抜けるコースであるブラッディロードは麻薬などの禁制品の輸送ルートになって
いたし、盗賊の類の頻繁に行き交う超危険地帯である。
 その危険地帯のどこかに“黴”の生息地はあるのだった。
 もう少し出るところを選んで欲しい、とエディフェルは思ったが、愚痴を言ったと
ころ始まらない。
 場合によっては盗賊やモンスターを自力で排除できるぐらいの火力と深砂漠に潜る
準備は万端に整えてきてある。
 その所為で、ただでさえ低い戦車の居住性は更に下がってしまったのだが、命には
代えられない。
 車内には大量の携帯食料と武器弾薬、さらにコンテナまで牽引して、その上でマコ
トの装甲車には大量の予備パーツと修理キットまで用意してきてある。

「経費はサユリの部署が全て面倒をみます」

 と、言われたので遠慮なくエディフェルは最高の装備を整えてきてあった。
 エディフェルのティーガーには大量の“ヘル・ファイア”対戦車ミサイルと反応爆
発装甲、さらに新型のSマインが誇らしげに軒を連ね、マコトの装甲車ではガス・ダ
イナミック式対空パルスレーザーガンの連装銃身が空を睨み、M870オートグレ
ネード“ピッチングマシン”と燃料気化爆弾を搭載したハープーン対艦ミサイルがそ
の威容を周囲に放っていた。
 更に大量の追加武装で重量が70トンに達してしまったティーガーはエンジンとサ
スペンションを新型のものに変えている。
 総経費はエディフェルのお目にかかったことの無い数字で、領収書を渡した時は流
石に手が震えた。
 ちなみにサユリは全く顔色一つ変えなかった。とてもほっとしたけれど、金銭感覚
の根本的な違いを見せ付けられ悔しい思いもした。

「ねえ、もしも…この先ずっと“黴”が見つからなかったら、どうなるのかな」

「そんなことはありえません。私達が失敗しても他のグループが見つけてくれるで
しょうから」

 淡々と紅茶を口に運びながらエディフェルは答えた。

「あ!そっか。他にもいるんだね。わたし達みたいな人が」

「常識です。この広大な渓谷をどうやって二人で探すのですか」

 と言いつつも、エディフェルはその数がそれほど多くないと考えていた。なにより
の人間に寄生する黴など危険すぎて誰にでも話せるものではない。下手をしたら、パ
ニックになりかねない。

「ふぅん、どこにいるのかな?」

「たぶん…」

 エディフェルは少し考え、そして不意にティーガーの捜索センサーに写ったブリッ
プを指し示した。

「案外近くにいるみたいですね」




「にょわ〜、本物の変態誘拐魔だーー」

 高速で飛翔する弾丸が驟雨のごとく降り注ぎ、連続して華奢な車体しか持たないバ
ギーの車体を連打する。
 兆弾する弾丸が跳ね回る車内でいまだに冗談の類をいう精神力をユキト・クニザキ
は持っていなかったし、また受け入れるには少々精神の余裕が足りなかった。

「わかったから、伏せてろ」

 強引に窓から顔を覗かせているミチルを床に伏せさせた。

「にょわ!ここにも変態誘拐魔が一人」

「本当に放り出すぞ!」

 怒鳴りながらも、絶妙なタイミングでステアリングを切り、バギーを追跡する盗賊
の戦車をから放たれた砲撃を回避。
 この暑い砂漠で黒ずくめという、少々精神の平衡を疑ってしまう格好であるが、ク
ニザキの運転は全く危なげがない。

「…ミチル、今は静かにしていましょうね」

「は〜い」

 ミチルの姉、ミナギ・トオノがたしなめてようやくミチルは静かになった。
 それでも車内はエンジンの爆音と銃撃音で満ちていて全く静かどころの話ではな
い。ありていに言えば、少女一人が騒いだところで全く大勢に関係は無い。

「おっかしいな、なんでこんなことになったんだろ」

 バックミラーに写る盗賊のM4シャーマン中戦車は相当にいきり立っているよう
だった。
 凄まじい形相をした中年親父がハッチから真っ赤な顔を覗かせてアサルト・ライフ
ルを乱射している。

「…ただ少しガソリンと食料とお金とバギーと武器弾薬と牛乳を拝借しただけなの
に」

 心底残念そうにミナギは言った。

「全くだ。心の狭い奴らだ」

 再び大きくきったステアリングは数々の歯車やリムの力を借りて高速で回転する
シャフトを伝って、バギーの進路を大きく変えた。
 ほんの数秒前にバギーがいたところにM4シャーマンの75ミリ砲弾が炸裂して、
衝撃と砲弾破片をばら撒く。
 至近距離だった砲撃の衝撃ががたがたとバギーを揺らした。が、乗っているクニザ
キ達の精神を多少痛めつけただけで、バギーそのものは快調に加速している。

「…当たらない砲弾に意味はあるのでしょうか」

「無いな、金をどぶに捨てるようなもんだ」

 きっぱりと言うクニザキの頭を丸めた新聞紙が痛打する。

「コラー!ちゃんと前見て運手しろー」

「かなり痛いぞ。第一、あたりはしないって」

「ニュータイプ?」

 不思議そうにミナギは言った。
 と、同時に再び爆裂した砲弾の衝撃がバギーをがたがた揺らす。

「いや、それはやめといたほうがいいんじゃないか?版権とか煩いし」

 半眼でクニザキは言った。銀髪に近い色をした髪に紛れ込んでいたガラス片がちく
ちくとして痛い。

「版権?」

「いや、もうやめとけって」

 再び爆音。
 今度の砲弾は彼の先輩たちが犠牲となって得た攻撃緒源を使っているおかげで、あ
る程度はその任を果たしてからその役目を終えることが出来た。
 灼けた砲弾は今までよりのバギーに近い位置で地面にめり込み、硬い石の岩盤で出
来た大地を割り、そこで信管を作動させた。
 赤く灼けた鉄片がその色を失わない内に1000以上の欠片に分割された75ミリ
砲弾の一部が、たった今奇跡の回避を成し遂げたバギーを襲った。
 甲高い連続音と共に今までになくバギーが大きく揺れた。

「拙いな」

 少しだけ眉をしかめたクニザキの顔には少し前まであった微かな笑みが消えてい
た。
 急にバギーは、それまでの従順さを裏切って反抗を始めていた。前輪が異様に重た
く、後輪は左右にふらふらと揺れて逆にステアリングを操作しようとする。

「なんとかしろー!変態誘拐魔ー!」

「うるさい」

 クニザキはダッシュボードの中にあった分厚いマップを丸めてミチルをはたいた。

「にょわ!?」

「…ミチルは強制退場されてしまいましたとさ」

 轟沈したミチルの頭をなでながら他人事のようにミナギは言った。実際には他人事
どころではないのだが
 
「さて、どうしたものかな」

 それなりに武器はあるけれども、戦車に効きそうな獲物は無かった。
 一応、“パインナップルDD”高性能手榴弾があったのでピンを抜いて放り投げて
みる。
 クニザキの手から離れた手榴弾はあっけなく感じてしまう程の放物線を描いてM4
シャーマンの全面装甲にあたり、そして微かに金属音を立てて滑り落ちていった。
 そこで爆発。
 大量の衝撃波とスプリンターが一瞬だけ半径3メートル程度の空間を制圧し、うっ
かり頭を出していた盗賊の頭部を完膚なきまでに破壊した。
 そのまま死体は赤い帯をシャーマン戦車の装甲に引きながら滑り落ちていった。

「おおぉ、これで俺も前科一犯か…」

「…大丈夫です。悪人に人権はありませんから。よくやったで賞です…」

 いつもの調子でお米券?を差し出すミナギの手は少し震えていた。
 つかの間に、ほんの一瞬だけ時が凍りついたように静まった。
 直ぐに氷結した時は霧散したが、ユキトの瞳にだけは残っていた。

「トオノ、しばらく目を瞑っていろ」

「はい…」

 ころんと、バギーの後部座席にミチルを庇うようにしてミナギは伏せた。その目は
頑なに何かを否定するように硬く閉じられている。
 その顔を一瞬だけ振り返って垣間見たクニザキは暴れるステアリングを強く握りな
おした。そして新たにパイナップルDDを取り出す。
 そして、片手だけで素早く5つの手榴弾を組み立て、立派な対戦車兵器である収束
手榴弾を作り出した。

「さあ、トオノを怖がらせた罰だ。受け取れ」

 信じられないほどに乾いた、凍てた声と共に収束手榴弾は再びユキトの放たれた。
 アンダースローの円運動とその重量で得た運動エネルギーを巧みに使い、絶妙なタ
イミングで手からはなれた一撃は狙いたがわずシャーマン戦車の足元に転がった。そ
のまま爆発すれば、確実に履帯を断ち切り、足を止めるが出来る。
 会心の一撃に笑みを浮かべながら振り返ったクニザキに視界の中、その端に赤い流
星が写ったのはほとんど手榴弾の爆発と同時だった。
 シャーマン戦車を横殴りにするように側面装甲にその身を叩きつけた88ミリAP
CD弾の一撃はボール紙を打ち抜くように易々と側面装甲を貫き、中にいる盗賊4人
を道ずれにして、内臓炸薬によって跡形もなく昇天した。
 そして、ほぼ同タイミングで爆発した収束手榴弾の一撃で足元を掬われたシャーマ
ン戦車はがくりと、老いた象がよろめき倒れるようにして速力を落とした。
 まだCユニットが生きているのか、炎上しながらもシャーマン戦車は這うようにし
て進み、己の運命に逆らうようにしてバギーに砲塔を向けた。
 それはさながら己の死だけでは死にきれず、他人さえ巻き込む悪霊の所業だった。
怨念の塊とさえ言える五体を切り刻まれた盗賊の血を浴びた砲弾が自動装填装置に
よって咲く室にセットされ、今にも打ち出されようとする。
 その一切の足掻きを断つようにして、新たに飛来した灼けた88ミリHEAT弾の
一撃が再びシャーマン戦車の側面装甲を痛撃し、内蔵された炸薬に火をつけた。
 瞬時に化学反応を起こした炸薬は数千度の炎と化し、いっしょに詰め込まれていた
銅版を気化。あらかじめ定められていた排出口に向けて一気に高熱銅噴流を叩きつ
け、シャーマン戦車の車内を焼き尽くした。
 成形炸薬弾と呼ばれるHEAT弾は火葬の炎を作り出し、シャーマン戦車を荼毘に
付した。
 黒煙と炎を吹き上げるシャーマン戦車を背景に、クニザキは呆然として言った。

「おいおい、あそこから撃ってきたのか…」

 いよいよ本格的に駄々をこね始めたバギーを止め、呆然とクニザキは渓谷の尾根の
一点を見つめた。
 燃えるシャーマン戦車のはるか彼方、尾根の一点が光を受けてキラキラと反射して
いた。
 クニザキが見つめる一点、そこには長大な牙を生やした鋼鉄の虎が悠然とその巨体
を横たえていた。そそり立つ垂直装甲は一切の敵意を跳ね除け、長大な鋼鉄の牙はあ
らゆる敵を噛み千切る。陸戦の王者、虎の名を冠する重戦車。
 しかし、それだけならば脅威には値しない。虎を凌ぐ獣は他にもたくさんいる。
 真に恐るべきは…

「2キロはあるぞ、どうやってあてたんだ?」

 そんなことはよほどの誘導装置を備えたミサイルか、最低でも数発の事前射撃をし
て攻撃緒源を修正しないと不可能だった。
 呆然と呟くクニザキを他所に、装甲車を連れたティーガーはゆっくりと斜面を下り
始めた。






「そうですか…てっきり同業者だと思っていました」

 火を囲んで5人でとる夕食、薄味好みの猫舌にはやや辛いカレーをふーふー冷まし
ながらエディフェルは言った。
 このカレー確かに美味しいのだが、少々自分の舌には刺激が強すぎた。かといっ
て、せっかく作ってもらったのだから、断るわけにもいかない。
 
「残念だけどな、俺達はただの旅人さ」

 黒ずくめのクニザキさんはかなり無愛想に言った。
 自分もあまり人好きはしないほうだが、もう少し愛想良くても罰は当たらないと思
う。

「にょわ〜これはミナギのお米!」

「あう〜ちょっとぐらい分けてくれたっていいじゃない!」

 精神年齢が近いのか、飯盒の底にのこった御こげを取り合うマコトとミチル。これ
はもう係わり合いになりたくない。

「御こげはお米の美味しい食べ方です…」

 一人飯盒を独占して御こげを食べつづけるミナギさん。
 ご飯だけをもくもくと食べつづける。味のないご飯をだけ食べつづけるのは相当の
苦行のはずなのに、微妙に嬉々とさえしている。
 ユキトのこめかみに脂汗が伝う。

「まぁ、あいつらは気にしないでくれ」

「ええ、最初から気にしていません」

 きっぱりとエディフェルは言った。
 必要以上に関わりを持つ気は最初から無い。
 微妙に痒くなった猫耳の裏を髪の毛を落とさないように慎重に掻きながら冷ました
カレーを口に運ぶ。
 味は悪くない。それどころか美味しいかもしれない。普段から貧しい食生活を送っ
ているエディフェルにとってカレーはかなりのご馳走だった。
 微かにエディフェルの表情が緩んだのを見てユキトは笑った。

「あんた、冷たい人間だと思ってたけど、そうでもないみたいだな」

「いいえ、そんなことはありません」

 エディフェルは視線を逸らし、ユキトはその先に回り込む。
 不意に懐かしい人の顔を思い出した。こういった人を困らせることを特にあの人は
好きだった。似ても似つかないが、不意に思い出したあの人の顔がクニザキさんの顔
に重なる。
 エディフェルは不機嫌そうなポーカーフェイス。
 
「何ですか」

「いや、その耳が珍しいから見ていた」

「ふざけないでください」

「わるい、わるい」

 ユキトは素直に手を上げた。
 悪戯やちょっかいをかける相手としてはエディフェルの持つ爪と牙少々強すぎた。
エディフェルの背後で音も無く砲塔を旋回させるティーガーにユキトは引き攣った笑
みを返すしかない。
 
「あなたにはトオノさんがいるんでしょう?」

「そうでもあるし、そうでないとも言える」

 詰問にクニザキさんは曖昧な笑みを返した。
 少々、辺境のルールを逸脱してしまったようだ。
 この過酷な砂漠で生きていれば向う脛に傷の1つや2つは避けられない。他人の過
去を無闇に詮索しないのが辺境の暗黙の掟だった。
 気まずさに逸らした視線の先にはミナギさんがいた。

「…食べますか?」

 視線に気が付いたミナギは実に残念そうな顔をして飯盒を差し出した。
 流石にそんな人からご飯を、しかもご飯だけをもらうのはエディフェルの常識に反
するというか、超えているというか、とくかく丁重に辞退した。
 どうもマコトに出会ってから個性的な人間を知己を持つことが多くなっている気が
する。

「そういえば、何でこんな物騒なところをうろうろしているんだ?でかい賞金首でも
見つかったのか?」

「それは…」

 流石に教えるわけにはいかない。今回の依頼は極秘中の極秘なのだ。
 エディフェルは回答に窮したが、幸いなことにユキトはそれ以上追求しなかった。
もっとも口ぶりや表情からおよその見当はついているかもしれないが。
 ユキトは静かに笑った。

「やっぱりあんたは優しい人間だな」

 一体何をいうのか、といった顔でエディフェルはユキトを見返す。

「そんなことはありません」

「いや、そうだよ」

 きっぱりと断言し、それに反論をする間も与えずユキトは話題を変えた。

「トオノ。少し前に俺達みょーなものを見たよな」

「…みょーなものですか…」

 4つめの飯盒に手をつけようとした所だったので、少々ミナギは機嫌が悪かった。
 もっとも、表情の変化の判定が難しいミナギの顔からそれを読み取れるのはミチル
とユユキトぐらいなものであるが。
 
「ああ、たしかここら辺だったと思うんだが」

 そう言ってユキトは地図を広げた。
 かなり古ぼけた地図、折り目が擦り切れてテープで補強してあったり、印刷が色褪
せて見えなくなっていたが、かなり詳細な地図だった。
 大破壊以降は地形が大幅に変わったりして地図が役に立たない上に、測量も危険が
多すぎておざなりになっているので、これほどの詳細な地図は珍しかった。
 
「随分前に、いかれたコンピューターを生き返らせたときに引っ張りだした物だ。何
でも空の向こうにある“翼を持つ者”が送ってくるんだそうだ」

「翼を持つ者、鳥ですか?」

「さあな?よく分からない。一応それを探すのが俺達の旅の目的なんだが…だいたい
ここら辺かな」

 ユキトは地図の一点を指差した。
 大渓谷の外れ、ブラッディロードでも人の通りが少ないところ、なだらかな丘が広
がる丘陵地帯だった。

「…とても酷い有様でした」

「ああ、あれは惨かったな」

 声を震わせて言うミナギの肩にユキトはそっと手を置いた。
 
「…ぽ」

 頬が赤く染まるのは、焚き火の炎のせいではないだろう。
 肩に手を置いていたのは一瞬だったが、それでもミナギの震えは綺麗に収まってい
た。

「巨大蟻の死体が山のように積み上げられていた。何があったか知らないが、尋常
じゃなかったな、アレは」

 エディフェルはなんとか巨大蟻の死骸が山のように積み上げられている光景を想像
しようとして、失敗した。
 砂漠の掃除屋、砂漠の傭兵として恐れられる巨大蟻は昆虫系クリチャーのなかでも
最も組織的戦闘を得意とする種族だ。
 幾度か、大規模なハンターの装甲戦闘団が巧みな連携プレーで壊滅させられるのを
見ている。実際に戦ったこともある。
 それが死体の山を気付くほどの敗北を喫するとは、とうてい考えられない。
 だが、たった一つだけ可能性が無くもなかった。

「こんなものを見たことはありませんか?」

 エディフェルはタンクジャケットの胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
 写真の中には発芽した“黴”に覆われた死体。確認の為にクラタから借りたもの
だったが、存外に早く出番が回ってきた。
 ついているかもしれない。
 表には出さないが、うまくすれば高額の成功報酬を独り占めにできるかもしれない
と思うと唇が曲りそうになる。
 一目見て写真に思い当たることがあるのか、二人は顔色を変えた。

「・・これ、ほんと何ですか」

「ええ、二チェスで撮ったものです」

 恐る恐る尋ねたミナギは返って来た答えに戦慄した。
 目に見えて顔色が変わる。
 
「実は…」

 緊張した面持ちで口を開いたユキトだったが、その声はマコトの悲鳴にかき消され
た。


「エディフェル!ミチルが倒れたよ!」



琥月の感想

またもや結構遅れてすいませんです。
しかも今回も感想は先送りで……うぐぅ……


pdさんありがとうございました。m(_ _)m

今回も改行などは頂いたテキストほぼそのままで載せています。
pdさんも、これはこうしてほしいなどの意見があればくださいな。

pdさんへの感想はこちらです

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